第51話 前哨戦

「孝介さん」

「ん?」

晩御飯を終えて、居間でゆったりまったりくつろいでいる最中さなか

「私は孝介さんしか男性を知らないわけですが」

「え? あ、ああ」

孝介さんは戸惑う。

みゃーは台所でお片付け。

「昨夜、ネットでエロ漫画の試し読みなるものを試し読んでみたのですが」

「は? ……そ、そうか、試し読んでみたか」

「するとですね、抱かれている女性の反応が尋常ではないのです」

「へえ」

「おほぉぉぉ! しゅごい! 出りゅううぅぅ! ひぎぃ! いぐーぅ! とか言っちゃってるわけです」

「そ、そうか、言っちゃってたか」

「そこでふと思ったのですが」

「うん?」

「私は孝介さんしか知らないわけで、もしかしたらエロ漫画の方が普通の反応なのではないかと」

「いやいやいや、そんな馬鹿な」

「そうはおっしゃいますが、他人の性の営みなど見る機会は無いわけで」

「それはまあ、そうだな」

「実は孝介さんがヘタクソ過ぎるだけで、皆さん、あたまおかしくなりゅうぅぅ、とか言うのが普通の夫婦生活ではないかと」

「いやいやいや、無いから」

「それとですね」

「まだあるのか」

「男性のモノがですね、皆さん一様に凶悪な風貌をしてらっしゃいまして」

「まあ、そういう描写が好まれるのかも知れないな」

「果たしてそうでしょうか?」

「ん? どういうことだ?」

「実は孝介さんが粗チン過ぎるだけで、皆さんあれくらいの武器を隠し持っていらっしゃるのではないかと」

「いやいやいや、絶対に無いから」

「しかし」

「お前、エロ動画も見たことあるんだろ?」

「はい。たしなむ程度には」

「……その、嗜んでるなら判るだろ。大体の平均的なものが」

「そうはおっしゃいますが、モザイク同士が闘うばかりで正確な大きさは判りかねます」

「そっかぁ、モザイクが闘っちゃってるかぁ」

「はい。ただ、無修正なるものを見たことが無いわけではありません」

「それなら大体──」

「しかし、サンプル数が少なく、洋モノばかりだったので、あれが平均だと考えると──」

「それは例外だ!」

「は?」

「何も世界に打って出ようという話ではない」

「孝介さん?」

「オリンピックを目指すのはいいことだ。だが、だからってお前は地方の小さな大会で、それでも一生懸命に頑張っている人達をバカにするのか?」

「孝介さん」

「なんだ」

「いったい何の話を?」

「……いや、つまりだな、物事の価値は大小で決まらないという話をだな」

「大は小を兼ねると言いますが」

「兼ねねーよ! 大きすぎて使い物にならないとかあるだろーが!」

「ネジとネジ穴とか?」

「あ、ああ。ネジとネジ穴とか」

「ブラとか?」

「なんか実感こもってるな。まあそういうことだ」

「孝介さん」

「なんだ」

「別に責めているわけではありませんよ?」

「責められてるつもりは無いし、責められるいわれもねーよ!」

「私自身、反省すべき点があったのではないか、という話です」

「いや、美月の方に落ち度があるわけでも……」

「私の……演技が足りませんでしたね」

「おい、慈愛の目線はやめろ!」

「女は、いついかなる時も女優なのです」

「はいはい、お前の演技は主演女優賞ものだよ」

「いえ、もっと過剰なまでの演技が必要だったのです」

「いや、お前はそのままでいいんだって」

「お前は? お前はってことは、みゃーは?」

「……」

「ま、まさか、みゃーはエロ漫画並みの激しい反応を!?」

「いやマテ。さすがに、ひぎぃ! とか、おぎゃあ! とかは無い」

「おぎゃあとはなんですか! どんな赤ちゃんプレイですか!」

「いや、俺もよく知らないから物のたとえで言っただけで、その、ひぎぃだかぶひぃだか、つまりそんなことは──」

「ぶひぃとはなんですか! みゃーをメスブタ扱いですか!」

「だー! もううっせぇ!」

「どうせみゃーも演技に違いないのです」

「演技演技って、じゃあ実際のところ、お前はどれくらい演技してんだよ!」

「……三パーセントくらい?」

「……ほ、ほとんど素の反応じゃないか」

「ですからもっと過剰な反応を」

「だから今まで通りでいいじゃないか」

「ふっ、私が過剰な演技をすると、孝介さんは即効で果ててしまうのですね」

「はっ、どうせ演技も出来ず、いつも通り声を押し殺してしがみ付いてくるだけだろ」

「なんですと? ならば試してみますか?」

「よーし、やってやろうじゃないか!」

ふふふ、上手くいったのです。

「こーすけ君、タマちゃん」

「ん?」

「どうした?」

みゃーが洗剤の付いたままの手で居間に顔を出す。

「毎回毎回、事を始める前のその長ーい段取り、いい加減にやめたら?」

「……」

「……」

「タマちゃんはもっと素直になって、しよ、って言えばいいんだよ」

「……はい」

「それからこーすけ君」

「は、はい」

「タマちゃんと一緒になって言い合ってないで、さっさと気持ちを汲み取ってリードしなさい」

「……はい」

「あと念のために言っておくけど」

「はい」

「はい」

「次は私の番だよね?」

「……」

「……はい」

「じゃ、無駄なウォーミングアップはこれでおしまい」

みゃーが、そう言い放って台所に戻る。

サバっちが興味無さげに欠伸あくびする。

晩御飯の後の、居間に漂う平和でまったりした空気。

……どうやら本番は、お預けになってしまったようであります。

またいちから、自然とそれっぽい雰囲気になる作戦、の練り直しなのです……。

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