第45話 社交性
「タマちゃーん、また明日」
「うい」
「タマちゃんバイバーイ」
「うい」
「多摩さん、どっか遊びに行かない?」
「……」
「うおっ、また無視されたー!」
……。
大学に通いだして三年目ともなると、それなりに見知った顔が増えてくる。
とは言え、私は無愛想で社交性皆無、キャンパス内でも虫を観察しているような変人だから、友人と呼べる程の存在はいない。
なのに何故か、親しげに声をかけてくる人が少なからずいる。
「タマちゃん、今から帰り? どっか寄ってかない?」
いかにも女子大生といった感じの華やかさを
友人も多かった
「寄り道はしない主義なので」
私が普段、学校帰りに田畑や池、川や林に寄るのは寄り道ではなく目的地なのです。
「最近、駅の近くに猫カフェがオープンしたんだけど」
「猫カフェ……」
県庁都市とはいえ、こんな田舎に需要はあるのだろうか。
いや、行ってみたいけど。
「一人で行くのもあれだし、タマちゃん猫好きっぽいし?」
「ま、まあ、嫌いではありませんが」
「今日は無理でも、今度、寄り道じゃなく目的地として行こうよ」
……私の思考が読まれているような?
「猫好きなら他に幾らでもいらっしゃるかと」
「うーん、猫好きなら誰でもいいってわけじゃないし」
「みゃーとか」
「美矢ちゃん? ダメダメ、あの子は生まれつき猫に愛される側の人間だし」
「それが、どうしてダメなんですか?」
「猫ちゃんと愛し合うために猫カフェ行くのに、愛を全部持ってかれちゃうのはねー」
……判る。
私もあの秘密基地で、随分と寂しい思いをした。
今だってサバっちは、みゃーといることの方が多いし。
「ところで、その美矢ちゃんは?」
「みゃーは用事があるので、三十分ほど待ってくれと言ってました」
私とは違ってみゃーは社交的だし、何より人がいいから、色々と用事を頼まれることが多い。
そういう意味では、この池谷さんと共通する部分はあるけど、どこかが違う。
いったい、何が違うのだろう?
「じゃあ、三十分だけ付き合ってくれる?」
「え、でも」
「タマちゃんの好きな、あの池でいいからさ」
キャンパスの北側にある、私のお気に入りの場所を知られていたとは。
でも、そんな風に私に関心を持ってくれてる人がいることは、何故か悪い気分では無かった。
「一度、ちゃんとタマちゃんと話してみたかったんだぁ」
池を
こんな無愛想女と、いったい何を話してみたいというのか。
「大きな
それはまあ、そうだろう。
男女問わず人気があって、教員達からの覚えもよく、常に誰かと一緒にいるイメージがある。
ただ、彼女はみゃーよりずっと華やかで、いかにも女子大生! って感じがする。
みゃーの周りも明るいけど、華やかと言うよりはもっと落ち着いていて、和やかな雰囲気だ。
「でも、根本的に違うよねぇ」
うん、やはり違う。
表面上は似ていても、みゃーみたいな存在がそうそういるわけが無いのである。
愛想がいいだけの女性、と言ってしまっては酷だけど、どこまでも深い慈愛を
「時々、
「え?」
「美矢ちゃんの笑顔って、たぶん天性のものだよね?」
天性……とは違うと思う。
みゃーママを目指して笑顔でいることを心掛けていた、というような話を聞いたこともある。
いや、だからといって、普通はあんな風に笑えるものでもないだろうし、あの笑顔はやはり天性と言うべきか。
「私の場合は、空気を読んで、気を使って、笑って、ご機嫌取って、大して楽しくも無いのに楽しいふりして、興味の無い話に耳を傾け、嫌なことやメンドクサイことには──」
「ちょ、ちょっと池谷さん、日頃の
「……うん、ごめん。なんか、タマちゃんには愚痴を聞いてもらいたくて」
「それこそ、もっと相応しい人がいるのでは?」
池谷さんが、笑った。
それは不思議な笑顔で、自嘲だとか
「人との会話って、誰かの悪口や噂話で成り立ってる部分、結構あるじゃない?」
え? そうなの?
「ほら、不思議そうな顔した。タマちゃんって、噂話とかしそうにないし」
「う、噂話くらい私もしますがっ? 坂下さんちのケンタが木田さんちのチコと交尾してたとか言いふらしまくりですがっ?」
「……それ、犬の話?」
「そうですが?」
「ぷっ、あは、あはははっ! おっかしータマちゃん、あはははは!」
今度は歪じゃなくて、本当に笑っているみたいだ。
彼女はいつも笑っているようでいて、こんな笑顔は初めて見るような気がする。
「……うん、そういうとこ」
「え?」
「自由で、確固たる自分というものがあって、他人に左右されず、他人の思惑なんて気にしない」
「え? え?」
「色目を使ってくる男子なんかゴミをみるような目で
「わ、悪口ですか!?」
「……違うよ……憧れ」
「は?」
「タマちゃんは私の憧れなの」
私に向けられる、耳慣れない言葉。
この人はきっとあれだ、可哀想な人に分類される、
「バカですか?」
「タマちゃんが赤鬼になった」
「ぬってません!」
「噛んだ」
「くっ……」
……憧れといえば、みゃーは、とても近しい存在なのに私の憧れだ。
でも、だからといって真似ようとは思わない。
真似できるくらいなら、そもそも憧れとは言わないだろうし。
「私、教師になろうと思ってたけど、諦めることにしたんだ」
教育学部だからといって、みんながみんな教師を目指すわけではない。
それでも公務員になる人は多いが、金融機関や出版業界に就職する人も少なからずいる。
ただ……私なんかより、池谷さんはよっぽど教師に向いていると思うけど……。
「友人との付き合いですらストレス溜まりまくりなのに、同僚だけでなく生徒や保護者の顔色まで
社交性の無い私は、もっと無理なのでは?
いや、顔色なんてどうでもいいと思えれば、それでいいのだろうか?
「生物が好き。お前らも生物を好きになりやがれ」
「は?」
「タマちゃん先生の教育スタイル」
「私って、そこまで横暴なのでしょうか」
「生物には人間も含まれるけどね」
「……?」
「タマちゃんはきっと、人間も好きだから大丈夫」
「私は好き嫌いが激しい方ですが?」
「うーん、でも、根本のところで人が好きなんだと思う」
「いやいやいや、私は男子をゴミのように扱う人間ですよ?」
「ゴミ扱いされた男子が、タマちゃんを嫌いになったって話は聞かないなぁ」
「いや、でも──」
反論しようとすると、飛びっきりの笑顔が返ってきた。
あ、やっぱり私、人が好きかも。
私の周りには素敵な人ばかりだし、こうやってよく知らなかった人も、素敵な一面を見せてくれる。
「タマちゃんせーんせ♪」
「多摩先生と呼びなさい」
不意にお調子者の女子高生みたいな顔をした池谷さんと、それを睨み付ける女教師タマ。
お互い噴き出して笑う。
そんなふざけたやり取りが、未来にも見えるような気がした。
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