第33話 フキノトウと記念樹

庭の片隅にフキノトウが顔を出した。

その香りと苦みは、とても食べ物とは思えない不味マズさだが、みゃーも孝介さんも美味おいしいと言う。

美月はお子様だな、なんて言われるのは心外だし、ブラックコーヒー以上の強敵だと思うけれど、まだ雪のちらつく寒い日が続く中、いち早く春を告げるフキノトウの姿を見れば、何やら心が浮き立つような気分になる。

今日は暖かい。

南向きの縁側には太陽の光が降り注ぎ、私は眠気に誘われて、こくりこくりと舟をぐ。

「タマちゃん、そんなところで寝たら風邪をひくよ」

ちょうどいいところにみゃーが来た。

「みゃー、そこに座って」

みゃーは素直に、縁側に腰掛ける。

私はみゃーの太腿ふとももに頭を載せ、微睡まどろみながら庭を眺める。

「……もう」

みゃーは不服そうな声を漏らし、それでも私の髪を撫でてくれる。

お日様と、みゃーの手の温もり。

「春遠からじ」

「そうだね」

「はーるのおがわはーさーらさーらいーくーよ」

みゃーが微笑む。

それは、春みたいな笑みだ。

「きーしのすみれーやーれんげーのはーなーに」

私の後に続いて、ちょっと照れ臭そうに歌う声も、さえずる春の鳥みたいだ。

……まあ、私ほど上手くはないのですが。

「ねえ、みゃー」

「ん?」

「庭には木本類が十七種類ある」

「ん?」

「草本類は、雑草も沢山あって、正確には判らないけれど」

「えっと、木と草ってこと?」

「うん」

「緑がいっぱいだと、なんか嬉しいよねぇ。今は冬だから少ないけど、去年、庭の草木が芽吹いてくるのを見て、春ってこんなに生命力にあふれてたんだって感動したなぁ」

みゃーは感性豊かだ。

まあ、私ほどではありませんが。

「虫もいっぱい湧いてくるけどね」

「虫はちょっとイヤだなぁ」

「庭の害虫は私が退治してるけど」

あまり生き物は殺したくないが、ナメクジやムカデは放置できない。

クモは益虫だからそのままでいいような気もするけれど、ジョロウグモの大きな巣を放っておけば、庭の見栄えも良くないし、近所の人に庭の手入れをしていないと思われるし……。

「庭の管理は、こーすけ君も私も、タマちゃんに任せっきりだもんね」

「うん。でも、あそこの二本の小さい木は、孝介さんの管理下にある」

「え? そうなの?」

「内陸部のこの辺は、冷え込みは厳しいけど雪は少ない。積もって、溶けて、凍結して、また積もってを繰り返す。植物にとって最も過酷な環境だから、植えたばかりの草木は見守ってやらないと」

その木は、まだ一メートルほどの高さだ。

「最近、こーすけ君が植えたの?」

「最近っていうか、私達がここに来たときだと思う」

一緒に暮らし出したあの日、私はその木を見つけた。

「それって……」

「恐らく、一本が私達の木で、もう一本が孝介さんの木ではないかと」

「え? 私達は二人で一本?」

「たぶん……」

「どうしてそう思うの?」

「孝介さんは私達を分けへだてしたくないだろうし、片方だけ綺麗に咲いたり、片方だけ元気に育ったりするのが嫌だろうし」

「そっか……ねえ、何の木?」

「まだ花が咲いてないから確信できないけど、木蓮だと思う」

「モクレンって、春先に咲く、あの大きい花?」

「そう」

「三人とも同じ木なんだ?」

「うん。ただ、片方は紫の花で、もう片方は白じゃないかな」

「私達が紫で、こーすけ君が白?」

「うん。白い木蓮は、背丈が倍くらい大きくなるから」

「なるほどなるほど」

「花言葉があって」

「うんうん」

「自然への愛、高潔、持続性、だって」

「なんかタマちゃんにぴったりなのがあるね」

「みゃーは高潔?」

「それはぴったりじゃないなぁ。持続性は三人に相応しいけど」

「花言葉はともかく、孝介さんはそういった願いを込めたのかな」

「こーすけ君はロマンチストだからね」

そうだと思う。

そうでなければ、三人での理想の暮らしなど考えもしないはずだから。

「ロマンチストなんて飯の種にもなりませんけどね」

「タマちゃんもロマンチストだけどね」

「なっ!?」

「そうやって植えられた木に気付いたり、こーすけ君の心情に思いをせたりするのがロマンチストではないと?」

「……」

「顔が赤いよ?」

「発情期です」

「はいはい」

みゃーは笑いながら、私の頭をポンポンと叩く。

ニッコニコの笑顔と、柔らかな陽射し。


軽トラの音。

孝介さんが帰ってきた。

「二人とも、そんな寒いところで何してんだ?」

縁側で庭を眺めていた私達。

寒いどころかポカポカですが?

更にあなたが帰ってきたのでポッカポカですが?

「孝介さん孝介さん、今夜は冷え込みが厳しそうなので、激しく一発ヤりませ──あいたっ!」

「下品なことを言うな!」

一発叩いたからには一発してもらわねば。

「孝介さんがヘタレだから、女の私がこうやって誘惑しているのですが」

「お前のは誘惑じゃねーよ! やるならもっとロマンチックにやってくれ!」

私とみゃーは目を合わせて、一緒にクスッと笑った。

やっぱりロマンチストな孝介さん。

「な、なんだよ」

私達の笑みに、孝介さんが狼狽うろたえる。

「今夜は、三人一緒に星を眺めましょうか」

これでいいですか?

私としては、言葉やシチュエーションなど関係無いのですが。

ロマンチックとか、ムードとか、そんなものは些細ささいなことなのです。

澄み渡る空の下で、ただ、あなたと一緒にいるだけで──

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