第29話 恩師と悔恨と肉奴隷
「えっと……三人でって、どういうことかしら?」
小川先生は困った顔をする。
当たり前だ。
でも、その困ったような顔に、先生の人の
まるで、理解できなくて申し訳ないと言いたげに、私とみゃーの間で視線を往復させる。
「お互いがお互いを──」
「孝介さんは、面倒見がいい人です」
今度は、私がみゃーの言葉を
みゃーは何か言いかけたが、私の気持ちを察して口を
「最初は、私達の我儘から始まりました」
高二の初夏。
強引な私達に困っていた孝介さん。
強く拒絶も出来ず、かといって子供を食い物にするような真似はしない。
適当に相手をすればいいのに、真面目に、誠実に対応していた。
でも、
「ひゃっほう、JK二人をモノにしたぜ! とはならなかったのです」
小川先生はまた困った顔をしたが、さっきとは違い、本当にどう反応していいのか困っているみたいだった。
「もしかしたら、私達でなくても良かったのかも知れない……ずっとそう考えていました」
「ちょっと、タマちゃん!」
「彼は、誰にでも優しいので、強引に我儘に接してくる人がいれば、他の誰かでも受け入れていたのではないかと」
みゃーは私を
私でなければならない理由など、あるのだろうか? 他の誰とも違う何かを、私は持っているだろうか。
たまたま遠慮無しに孝介さんの
ずっと、そう自分に問い掛けてきた。
きっと、みゃーも同じように。
「私が知っている彼は……勿論、高校生のときの彼しか知らないのだけれど、優柔不断なようで意外と頑固だったわねぇ」
私達を慰めるつもりなのか、先生はそんなことを言う。
「それは、まあ……」
「強引なだけ、我儘なだけで、彼が流されるかしら?」
慰めるというより、先生の知っている孝介さんというものを伝えてくれているのかも知れない。
「……そういえば、何度迫っても、十八になるまで駄目だ! という頑固者でした」
「ま、まあ、内容はともかく、彼はちゃんと自分の意思を持っているでしょう?」
「三十を目前にしてチェリーボーイだったので、二人を相手にする自信が無かっただけかも知れません」
小川先生がクスッと笑った。
いい加減、私のおふざけにも慣れたのだろうか。
「凄いわねぇ」
「え?」
「高校時代、彼はそれなりにモテてたのよ?」
初耳だ!
初耳だけど……想像できなくは無い。
身長はそこそこあるし、笑顔は優しいし、花凛ちゃんが言ってたように、委員長の仕事を手伝ってあげたりする一面もあるし……。
「あの日からは、ずっと無気力で、女性に目を向けずに生きてたのね」
多分、そうなのだろう。
その気になれば、それなりの女性経験を積んで、私達と巡り合うことも無かっただろう。
「そんな彼に、あなた達は目を向けさせたのね」
「い、いえ、二人いたので二人分の力があったかと……」
「そう。二人分の重さ」
「ええ……え?」
「そこまで無気力だった彼に、あなた達は二人分の人生を背負おうと思わせた」
「え? あ、いや……」
「あなた達じゃなきゃ駄目だったのね。それは、凄いことよ?」
「私達が……」
「倫理観なんて吹っ飛んで、全力で応援したくなっちゃうくらい」
先生の、力強い笑顔。
「ふふ、ふふふふふ」
先生の、力強い……笑い声?
「ふふ、あはは」
「せ、先生?」
「おかしい! あの城塚君がよ? もしかしたら委員長より真面目で融通がきかないんじゃないかって影で言われてた彼が、こんな若い女の子を二人も奥さんにしちゃうなんて」
先生は本気で笑っていた。
目尻の
ああ、先生が言うように、本当に私達が孝介さんを変えたのなら、こんなに嬉しいことは──
「やっぱり、強引さに流されちゃったのかしら?」
おい!
結局、私達の凄さは強引なだけ!?
「素敵な指輪ね」
あ……。
私もみゃーも、指に目を落とす。
「彼の覚悟の程が、見えてくるよう」
私達の、ここに至るまでの
大きな障害も妨害も無く、あったとしても孝介さんが解消してくれた。
彼と、彼の人となりを理解している人達が、私達を支えてくれた。
彼の覚悟が、私達を守っている。
「経緯はどうあれ、あなた達は愛されてるのね」
二人とも、こくりと
「あなた達が、彼を元気にしてくれたのね」
「今度、あなた達の家に招待してちょうだいね?」
私達は、強く頷く。
先生の笑みは、私達を幸せにした。
旅行から帰ってきた孝介さんに、本日のご報告。
「孝介さん孝介さん、なんと今日は、小川先生に会ってきたのです!」
ほんの軽い気持ち、ちょっと恥ずかしそうにする孝介さんを見たかったり?
懐かしがったり、先生に会いたがったりする反応が見たかったり?
あるいは、先生が私達を祝ってくれたことを、喜んでくれたり?
私は、面白おかしく脚色して、小川先生の気持ちを伝える。
でも──
みゃーが、「駄目!」という目で私を見ていた。
え?
孝介さんがその場に
「孝介さん?」
小刻みに震える背中を見て、私は孝介さんが泣いていることに気付いた。
孝介さんは、花凛ちゃん以外の同級生と会っている様子は無い。
花凛ちゃんはお構い無しにここに来てくれたけれど、普通は一度疎遠になった相手とは、なかなか会いにくいものだ。
勿論、疎遠になった理由にもよるけれど。
……三年の二学期からの孝介さんは、きっと素っ気なく、時に冷たく、人の気遣いさえも
だから、そうして離れていった級友達に、今さら合わせる顔が無いのかも知れない。
そしてそれは、先生に対しても同じなんだろう。
自身の幸せを願ってくれた人に対して、今その幸せを喜んでくれる人に対して、過去の自分が許せなくなるのだろう。
十四年の歳月を経て、今なお気にかけてくれていた恩師を思うと、泣かずにはいられないのだろう。
「孝介さん孝介さん」
孝介さんは顔を上げない。
「先生には、私は肉奴隷だと自己紹介しておきました」
「マジか!?」
孝介さんが顔を上げた。
私の立ち位置は、これでいいと思うのです。
バカなことを言って、孝介さんが顔を上げてくれるなら、それでいいと思うのです。
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