第30話 花凛ちゃんとクリスマス

田舎に住んでいると、クリスマスが縁遠いものに感じられる。

街を彩るイルミネーションなんて無いし、クリスマスソングも聞こえてこない。

何より、縁側のある日本家屋に、クリスマスは似合わない。

炬燵こたつとミカン、石油ストーブの匂いと、数日後のお正月に備える雰囲気。

「メリークリスマス!」

空気を読まない人が、我が家を訪ねてくる。

「あらあら美月ちゃん、若いのに炬燵で丸まっちゃって」

まるで自分の家のように、出迎えずとも居間に顔を出す。

酔ってるのだろうか?

いや、車の音が聞こえたから、酔ってるはずはないか。

この堅物委員長が法を犯すなんて有り得ないし。

「孝介は?」

「お隣さんのところへ行ってますが」

「何よー、せっかく手編みのマフラーを持ってきたのにぃ」

「重っ! 嫁を前にして重すぎる発言!」

「冗談よ。ケーキを買ってきただけ」

花凛ちゃんは、どこまで冗談か本気なのか判らないのです。

「まあ勝負下着は履いてきたけど」

「みゃー! ちょっと来てー!」

「ちょっと待って! 冗談だから! 冗談! 美矢ちゃんを呼ぶのはやめて!」

花凛ちゃんはみゃーとも仲がいいけれど、少し苦手意識があるみたいだ。

実際、みゃーの正妻オーラは他の女性に対して寛容では無いけれど。

「ところで、その美矢ちゃんは?」

「二階の掃除をしていますが?」

「美月ちゃんは?」

「私はここにいますが?」

「……」

何だか呆れたような顔をされた。

この広い家で、年末に向けて掃除を始めているみゃーと、炬燵に入ってノートパソコンで動画を見ている私とのギャップに呆れたのだろうか?

「花凛ちゃん」

「なぁに?」

「今日はクリスマスイブですが」

「だからさっき、メリークリスマスって言ったじゃない」

「そんな日に、こんなところへ来ていていいのですか?」

「……」

楽しげだった表情が曇り、押し黙ってしまう。

花がしおれたみたい、と言ったら怒られるかも知れないけど、花凛ちゃんは百合の花みたいだ。

「花凛ちゃんなら、お誘いもあったでしょう?」

「あるには、あったけど……」

どこかねたような、ちょっととがらせた唇が可愛らしい。

「誘ってくるのって、課長とか部長とか、おじさんばっかりなんだもん……」

部課長クラスなら妻子持ちだと思われるが、世の公務員はどうなっておるのだ!

「そもそも、職場に若い男性ってあまりいないし……」

まあ、この辺を歩き回っていても判ることだけど、出会うのは圧倒的にお年寄りが多い。

孝介さんですら、若いモンと呼ばれてしまう。

「花凛ちゃんは、数少ない若い男性をないがしろにしてきたのでは?」

「……」

「理想が高すぎると、いいことありませんよ?」

「べつに、そんなに高くないと思うけど……」

「では、花凛ちゃんの理想の男性像を聞かせてもらいましょうか」

孝介さんと同じ三十二歳。

私は自分のことを子供だと思うけれど、そんな私から見ても、花凛ちゃんは時おり少女みたいな表情をする。

上目遣いでうかがうように私を見てから、照れ臭そうに口を開く。

「えっとね」

「はい」

「まずはやっぱり、愛する人のために頑張れる人かなぁ」

「判ります」

「それから、笑顔が優しくて、おおらかに受け止めてくれて」

「ええ」

「でも、駄目なときにはちゃんと叱ってくれて」

「……」

「愛情表現は不器用でも、照れ臭そうに笑ったりしたら少年みたいな初々しさがチラッと顔を覗かせたり」

「……ん?」

「身長は私より高くて、痩せ形だけど農作業とかしてて筋肉質で」

「……んん?」

「そういう意味では男らしいんだけど、性的なことにガツガツしてなくて、時々じれったくなってこっちから誘惑しちゃったり……」

「あの」

「なぁに?」

「それは具体的なモデルが存在するのでしょうか」

「いえ? ただのイメージよ?」

「……孝介さんに合致するように思えるのですが?」

「……」

花凛ちゃんが天井を見て、縁側を見て、私を見た。

「あれ?」

もしかして、指摘されるまで気付かなかったのだろうか。

「さて、みゃーを呼んでこなければ」

「ちょっと待って! 美矢ちゃんには言わないでよぉ!」

「あらあら、どうしてですか?」

「だって、ねえ?」

私は溜め息を吐く。

まあ、みゃーが怖いのは判る気もしますが、そもそもみゃーは怒るだろうか?

私も全く腹が立たないし。

「どうしても初恋の相手が理想像になっちゃうのよねぇ……」

「二度目、三度目の恋は影響しないのですか?」

「私、一度しか恋をしたことがないのよ」

「あらあら、奇遇ですね、私もです」

「なんだぁ、私たち同じね」

「私は二十歳であなたは三十二ですが?」

「……美月ちゃんは、三十二歳になったとき、二度目、三度目の恋をしてると思う?」

「私は既婚者で、花凛ちゃんは独身ですが?」

「うん、判ってる。でも、あなた達の恋愛の形が特殊であるように、私も特殊なんだと思う」

「花凛ちゃんも、特殊?」

「ええ。恋心が成就する形って、一つじゃないと思うの」

「まあ、私達のようなケースもあるわけですが」

「そう。だから、付き合うとか、結婚がゴールじゃないケースもあると思うのよね」

この人は、いったい何を言っているのでしょうか?

「私ね、いま幸せなの」

堅物委員長の笑顔は、とても素敵で、わだかまりは感じられなかった。

「会いたいときに孝介と会えて、美月ちゃんや美矢ちゃんとも会える」

「でも、それって」

「三人が幸せそうなのを見ていると、私も幸せなの」

「……」

「例えば、私が病気や怪我で入院したりしたら、孝介も美月ちゃん達も、心配して駆けつけてくれると思うのよね」

「当たり前です」

花凛ちゃんが嬉しそうに笑う。

「家族でも疎遠だったり、憎しみ合ったりする場合だってあるのに、私はこんな関係を築けた。それって幸せなことだと思うの」

花凛ちゃんが困っていたら助けたい。

花凛ちゃんが泣いていたら寄り添いたい。

「勿論、孝介よりもっといい男を見つけてみせるけどね!」

不思議なものです。

孝介さんを好きな女性が私達以外にいるのは許しがたいのに、孝介さん以上に素敵な男性がいるのは、もっと許しがたいのです。

つまらない男に、花凛ちゃんを取られたくないなぁ……。


「ただいまー」

孝介さんが帰ってきた。

「孝介ー、おかえりー」

あ、妻より早く出迎えに行った。

孝介さんも当たり前のように、「おう、来てたのか」なんて言って、その状況を受け入れている。

怒ればいいのか、微笑ましく見ていればいいのか判らないまま、やっぱり当たり前のように居間に四人揃って談笑が始まる。

私が小川先生に会った話をすると、二人は私達をそっちのけで思い出話に花を咲かせた。

私達は孝介さんに愛されているし、それは揺るぎ無いものだ、と判ってはいても、少しいてしまうのは仕方ないことだ。

私はみゃーと目を合わせて、何となく苦笑いした。

妬いても腹は立たないし、孝介さんと花凛ちゃんが持つ空気は嫌いではない。

それはきっとみゃーも同じで、まったくもう! という顔は、可愛らしいだけだ。

「こーすけ君」

可愛らしい顔をしたまま、つまりまあ、「まったくもう!」と言いたげな顔でみゃーが口を開いた。

「今夜は晩御飯抜きです」

「え!? なんで!?」

事情を察したらしい花凛ちゃんが、「てへっ」という顔をしてから笑う。

私達も笑ってしまう。

妬いても怒っても、結局、笑顔になってしまうのだ。

だからまあ、四人のクリスマスイブも、悪くないんじゃないかなぁ。

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