第27話 雪だるまと半纏

赤くなった手のひらに息を吹きかける。

手袋をすればいいのだろうけど、直接伝わってくる痛いような冷たさが、何故か心地よく思えた。

「よし」

踏み台まで持ち出してきて積み上げた雪は、いびつながらも雪だるまの形になってきた。

「美月、これを着ろ」

縁側から孝介さんが私を呼ぶ。

手には……半纏はんてん

「隣のお婆ちゃんが私達にって」

みゃーが赤い半纏を羽織って現れる。

孝介さんが手に持っているのは青い半纏だ。

「みゃーが赤で、私は青なのですか?」

色が違うだけで同じデザインだし、暖かそうではあるけれど、私に似合うだろうか?

「お前は青だろ」

「男っぽい?」

「そうじゃなくて、お前は綺麗系だから青の方が合う」

そう言われて悪い気はしないので、私は半纏に腕を通してみる。

どうだろうか? 鏡を見てみたいけど……。

「まあ、そうは言っても半纏だから、綺麗というよりダサ可愛くなるけどな」

孝介さんが笑う。

バカにされているわけでは無いようですが、複雑な心境なのです。

みゃーは普通に可愛く見えるし……。

……よし、脱ごう。

「おい、脱ぐな。お前のダサ可愛いはホントに可愛いんだ」

ダサ可愛いのに本当に可愛い? 意味が判らない。

上手く誤魔化されてる気もする。

……うん、脱ごう。

「いや、だから着てろって」

「ダサいのは好みませんが」

「なんて言ったらいいのかなぁ、お前のその絶妙なダサ可愛さ」

「やっぱり脱ぎます」

「タマちゃん」

「みゃーもどうせ上手く言いくるめるつもりだ」

「そうじゃなくて、完璧よりどこかにほころびがある方が、取っ付きやすくて可愛らしいって」

「……私は完璧とは程遠いですが?」

「割と近寄りがたい美人さんだよ?」

……みゃーの言葉はともかく、孝介さんの顔を見る。

うんうんと頷いて、愛でるように私を見つめる。

……えい!

「いてっ!」

私は孝介さんに目潰しをしてから、雪だるまの仕上げに戻った。

半纏は、暖かかった。


「孝介さん孝介さん!」

もうすぐお昼ご飯かという時間だろうか、太陽は高くなって、軒先からは溶け出した雪が水滴を落としていた。

「んー?」

縁側から、孝介さんは眩しそうに庭を見た。

太陽の南中高度が低い冬は、真正面から光が差し込んでくる。

「見てください。孝介さんより立派な雪だるまが出来上がったのです」

「……確かに、俺より背が高いな」

「いえ、立派なのはそこではありませぬ」

孝介さんは雪だるまに視線を這わせると、ある一点に目を留めた。

「……その、胴体から飛び出している突起物はデベソなのか?」

「いえ、何を隠そう、まあ隠してませんが、これこそが孝介さんより立派なちん──あいたっ!」

「取れ」

「もげと?」

「ああ」

「ちんこをもげ、と?」

「……」

孝介さんが痛そうな顔をした。

「小さくする、という手段もございますが?」

「いや、いい」

「?」

「これは、俺がモデルなんだろ?」

「……ええ、まあ。モデルより立派になって困ってしまったのです」

孝介さんは苦笑いする。

相変わらず不器用だなぁ、とでも言いたげに、不格好な雪ダルマを眺めている。

その苦笑も細められた目も、普段から優しい孝介さんの顔を、より優しく見せる。

「その小さい雪だるまは?」

「これはみゃーです」

「少し離れたところにある、更に小さいそれは?」

「これは私めであります。ちなみにどちらも底に穴が開いておりまして、合体が可能な仕様なのですが、合体するとポッキリと折れてしまいます。合体させますか?」

「いや、いい」

孝介さんは、また痛そうな顔をした。

「作り直せ」

「え? 合体しても折れないようにですか?」

「そうじゃない」

どうしたのだろう? 痛いというより、悔しそうな表情だ。

確かに、折れるというのは男の沽券こけんに関わることなのでしょうが、そうじゃないと否定するのは何故なのか。

「お前、美矢よりちょっとだけ身長は高いだろ?」

「ええ、一センチほどですが。ちなみにバストも一センチほど私の方が巨乳で──」

「どうしてお前の雪だるまが一番小さいんだ?」

はて、どうしてでしょう?

小さい方が可愛いから?

「どうしてお前は、美矢より離れたところにある?」

私は割と、一人遊びが好きだから?

一人で歩き回って、草木や生き物たちを観察して楽しんでいるから?

あるいは……。

「お前、俺と付き合うと決めたときに言ったよな? 遠慮はしないけどいいのか、って」

「……」

「お前は自覚してないのかも知れないけど、今でもどこかで遠慮してる」

それが、孝介さんを悔しくさせているのだろうか?

「遠慮……とは、違うと思います」

「だったらなんだ?」

「孝介さんとみゃーには、感謝しかなくて、私はその気持ちを大切にして──」

「それが遠慮だろうが!」

孝介さんが怒るのは珍しい。

過去に一度だけ、頬を叩かれたことがあったけれど、あれは私が最低な嘘を吐いたときのことだ。

それ以外では、怒られた記憶は無い。

でも……私って、ぐうたらな生活をして、かなり甘えていると思うのですが?

「孝介さん」

「なんだ?」

「お寿司が食べたいです」

「そこは遠慮しろよ!」

「では」

「え?」

私は私の雪だるまを、孝介だるまの股間に突き刺した。

折れたり離れたりしないように、合体というより、結合させるように雪を足して補強する。

……見ようによっては、凄い巨根に見えるけど。

「これでいかがですか?」

「いや、まあ、うん」

孝介さんは、少し恥ずかしそうに目をらす。

孝介さん、あなたこそ自覚していないでしょうけど、あなたは私の遠慮など押しのけて、深い優しさで私を包んでいるのですよ?

だから私は、こうやって甘えていられるのですよ?

「孝介さん孝介さん」

「な、なんだ?」

「今夜、この雪だるまと同じ状態を期待しています」

「……わ、判った」

私は不敵な笑みを浮かべ……でも、感謝と遠慮は、ずっとこの胸に抱いていたいと思うのです。

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