第25話 週末の夜とホラー映画

炬燵こたつに入って、三人で映画鑑賞をする。

テレビの正面に孝介さん。

その左側にみゃー、私は右側である。

何故かサバっちは、いつもとは違って私の横で眠っている。

画面を見るみゃーは、素直というか表情豊かだ。

怖そうな顔をしたり、目をそむけたり、怯えてきゅっと唇をすぼめたりする。

おどろおどろしい音楽、かと思えば不安を掻き立てる無音、明るい雰囲気になってホッとしたのも束の間、ビックリさせる効果音と共に凄惨せいさんな場面。

画面を見なくても、その音とみゃーの様子で、今どんなシーンなのか容易に想像がつく。

つまり私達は、ホラー映画を鑑賞しているのである。

私はといえば、基本、表情は動かない。

熱いお茶をすすり、ミカンを口に放り込み、時々サバっちを撫でたりしながら、日常のお茶の間状態を維持している。

「あ、死んだ」

声まで無表情に、私は呟くように言う。

キャッと可愛らしい悲鳴を上げ、孝介さんに抱きついたみゃーとは対照的だ。

そんなみゃーの背中を、優しくポンポンと叩く孝介さん。

……まあ、べつに羨ましくなんてありませんけどね。

「孝介さん孝介さん」

「ん?」

画面の向こうでは絶叫が轟き、次から次へと死人が出ているようだ。

きっと、血飛沫しぶきが周囲を赤く染めているに違いない。

「ふと思ったのですが」

「なんだ?」

「断末魔と団地妻って、ちょっと似てますよね」

「……お前は黙ってろ」

「あいあいさー」

……ひどい扱いの差なのです。

私とて、か弱い女の子に相違無いのですが。


こういったホラー映画にありがちな、ベッドシーンに突入する。

ついさっき仲間が殺されたというのに、こやつらは何をしておるのか。

いや、命の危険を感じると、種族を残そうという本能が働くのか、あるいは恐怖から逃れたいがために、こういった行為に没頭しようとするのか。

みゃーは視線を泳がし、ふと思いついたように、「あれ、サバっちは?」なんて言ったりする。

孝介さんは、「さ、さあ」などと答え、ぎこちなく居住まいを正す。

テレビは、「シーハー、シーハー、オーイェー」とか言っている。

お茶の間に漂う気まずい空気。

目を逸らすべきか、こんなの気にしてないよと平静を装うべきか、あるいは関係の無い話をして空気を変えるべきか。

これまでの展開との落差に、視聴者の戸惑いはマックスに達する。

なんせ殺人鬼に追われていたカップルが──あ。

「孝介さん孝介さん」

「ど、どうした?」

「殺人鬼と発情期って、ちょっと似てませんか」

「……」

「発情期と発電機でもいいのですが。ほら、発情して自家発電みたいな、ちょっと悲しいロンリープレイ──」

「お前は黙ってろ」

「……あいあいさー」


映画は佳境に入っているようだ。

言いたいことは色々あるが、さっきみたいに空気をぶち壊してもアレなので、おとなしく黙っていることにする。

急須にお湯を入れ、みんなの湯呑みにお茶を注ぐ。

「ああ、ありがとう」

「タマちゃん、ありがと」

真剣にテレビを注視していても、二人はちゃんとお礼を言ってくれる。

だが、お茶には手が伸びない。

映画はクライマックスなのか阿鼻叫喚あびきょうかんの大騒ぎである。

私はれたてのお茶を飲み、ホッと一息つく。

二人は逆に、息を呑んでいる。

……ミカンでも食べるとしよう。

あ、種が入ってる。

小袋から種だけ取り出そうと指で押すと、ピュッと勢いよく種が飛び出して、孝介さんの顔面にクリーンヒットした。

……種が顔に……いわゆる顔射というやつだ。

「……美月」

「はい」

「お前はじっとしてろ」

「……あいあいさー」

困ってしまいました。

発言だけでなく行動まで制限されるとは。

仕方なく私はサバっちと遊ぶことにするが、サバっちは眠たげに目を開けて睨んでくる。

誰にも相手をされない、四面楚歌という状態だ。

まあいい。

もうすぐ映画も終わりそうだし……。


「けっこう怖かったね」

「うーん、でも驚かせる演出とグロさがメインで、本当の怖さとは違うんじゃないかなぁ」

「あ、それはそうだね。もっと心霊的なものの方が良かったかも」

私は三個目のミカンに手を伸ばす。

なかなか甘くて美味しいのですが、実が小ぶり過ぎて食べ応えが無い。

とは言え、あまり食べると尿意を刺激しそうだ。

「でも、四人目だったっけ? あの死に方は意表を突かれた」

「えー、サスペンスならともかく、ホラーであの要素はちょっとなぁ」

「うーん、それもそうか……」

まるで、デートで映画を観た恋人たちのように、二人の会話は弾む。

私は空気が読める子なので、黙ってひたすらミカンの白い筋を取り除く。

「一応はハッピーエンドなんだけど、後味は良くないよねぇ」

「まあ、友人たちが死んでるのに、幸せいっぱいの笑みで抱き合われても、ってのはあるな」

おー、めっちゃ見事にミカン色。

勿論、生物教師を目指す者として、あの白い筋が栄養豊富で、ミカンを美味しくするために重要な役目をになってくれたことは存じていますが、食べる段階にいては無い方が美味しいのです。

「美月」

ふふふ、食べるのが勿体ないくらいに純粋なミカ──

「美月」

「え? な、何か用ですか?」

「いや、ホラーが苦手なら、無理して付き合わなくてもよかったのに」

「は? 怖がっていたのはみゃーですが?」

「私は怖いもの見たさが勝っちゃうけど、タマちゃんは見たくもないんでしょ?」

「何のことだか。私は生物教師を志す者。カエルの解剖や昆虫の標本を作ることも平気ですが?」

……やったことは無いけど。

「タマちゃんの場合、学術的探究心じゃなくて、好意を持った相手に対する好奇心に近いと思うよ?」

「それはそうとして、私がホラーが苦手ってことにはならないし」

「美月はほとんど画面を見てなかったよな」

「それは、B級ホラーなど興味が無いからですが?」

「何でもないシーンではテレビに目を向けているのに、怖いシーンやグロいところになると俺や美矢の顔を見たり、サバっちを撫でたりお茶を飲んだりミカンを食べたり?」

 くっ! 私が二人を観察しているようで、実は観察されていた!?

「ま、まあ、素人にはそう見えたかも知れませんね」

「そうか。じゃあ一人でトイレ行って、一人で寝られるな」

「も、勿論です」

何故か頭をポンポンされた。

強がってみても、意地を張っても、結局は見抜かれる。

「タマちゃん、今夜は三人で寝ようよ。ね、いいでしょ? こーすけ君」

「そうだな。今夜は冷えるし、三人の方がいいかもな」

見抜いた上で、強がることも肯定されるのだ。

「ま、まあ、二人がそう言うのなら私は構いませんが」

サバっちが、「にゃあ」と鳴く。

そうだ、サバっちも一緒に寝よう。

週末の夜は、家族みんなで語らいながら寝るものだと思うのです。

決して、怖いからでは無いのです。

「では取り敢えず」

さっきからずっと我慢していたのですが、言ってしまいましょう。

「なんだ?」

私は空気が読める子である。

今なら言っても許されるだろう。

そう考えた私は、立ち上がって孝介さんの腕を掴み、見下ろしながらちょっとエラそうな口調で言うのだ。

「トイレ!」

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