第24話 小春日和とお昼ご飯

お隣さんから渋柿を貰ったので、干し柿を作った。

田植えや稲刈りと同じように、毎年、繰り返される事柄の一つらしい。

縁側の軒先にぶら下がったそれは、冬が近いことを教えてくれる。

豊かな橙色が、だんだんと色しなびていく様は、衰えとは違って熟成なのだと思う。

都会に住んでいた頃は食べたことも無かったし、見た目も美味しそうには見えなかったけれど、控えめな甘さと独特の食感は、何だか私達の生活と似ているなぁ、なんて思ったりもする。

私達も、季節の移り変わりと共に熟成されていくのだ。


「にゃあ」

夏には風鈴がぶら下がっていた場所にある干し柿を、サバっちが見上げて鳴く。

「にゃー」

私も真似て、干し柿を見上げて声を出す。

「美月」

にゃ!?

見られてた!?

というか、聞かれてた!?

「縁側は寒いだろ?」

孝介さんは、私の猫真似など気にしてないようだ。

「いえ、今日は小春日和で、ここは日当たりがいいので暖かいです」

お昼時、南向きの縁側は、お日さんの光が燦々さんさんと降り注ぐ。

「そうか。ところで、学校は?」

「目が覚めたら、あらら、こんな時間でした」

「……」

「孝介さんもサボりですか?」

「俺は昼飯食いに帰ってきただけだよ!」

「なるほど、偶然この時間に目覚めた私と、偶然この時間に帰ってきた孝介さんとの運命的な出会いですね」

「……美矢は?」

「私の睡眠を執拗しつようなまでに邪魔した挙げ句、私を置いて一人で学校へ」

「なんか美矢の方が悪く聞こえるけど、一から十まで美月が悪いな」

「いいんです、みゃーのことは恨んでいません」

「当たり前だよ!」

「こうやって、あなたに会えたのですから」

「聞けよ!」

律儀な人だ。

私のれ言に、いつも小まめに返事をしてくれる。

「でもまあ、一人でメシを食うつもりだったから、一緒に食えるのは嬉しいけどな」

そして、天然スケコマシな人でもある。

「では、私が今からキノコご飯でも作りましょう」

「いや、今から作ってたんじゃ時間がかかり過ぎる──って、キノコなんてあったっけ?」

「庭に生えていますが?」

「怖いわっ!」

「ちゃんと図鑑で調べましたが」

「いや、キノコは素人が手を出しちゃ駄目だ」

「そうですか」

別にしょんぼりしたわけじゃないのに、何故か頭をポンポンされる。

「スパゲティでいいか?」

なんと、怠惰たいだに過ごしていた私を差し置いて、自ら厨房に立つとは!

「孝介さん、スパゲティなら私が新鮮採れたてキノコスパを──あいたっ!」

今度は叩かれた。

「お前は座って待ってろ」

「了解であります」


……。

とは言ったものの、私は孝介さんの横に立って、時計とにらめっこしながらスパゲティがで上がるのを待つ。

一人暮らしがそれなりに長かった孝介さんは、その間に手際よく野菜を刻み、サラダなんかを盛り付けたりする。

「キノコサラ──痛っ!」

キノコが禁句になってしまいました……。

手持ち無沙汰な私は、孝介さんの背中を突っついたり、サラダの盛り付けを崩したり、意味もなく鍋に差し水をしたりする。

その度に孝介さんは叱ってくるが、顔は笑っているので私は反省しない。

まるで子供だ。

私は孝介さんにとって、母であり妻であり恋人であり妹であり娼婦である、なんて言ったことがあるけれど、たぶん、それは違う。

孝介さんが私にとって、父であり母であり、夫であり恋人であってくれるのだ。

だから私は、それに甘えて様々な自分をさらけ出せる。

ねえ、お母さん、一緒に台所に立ってお手伝いをするようでいて、邪魔ばかりする娘みたいだね……。

私は無意識に、いつか描いた夢をなぞっている。


「美月?」

私は後ろから孝介さんに抱きついて、その背中に顔を埋めた。

「どうした?」

何でもないと言うように、私は顔を左右に振った。

「……もう出来上がるから、手を洗っておいで」

それはきっと、顔をぐしゃぐしゃにしている私に気付いている言葉なのだろう。

台所でだって手は洗えるのだ。

でも、顔を洗うなら、鏡のある洗面所に行った方がいい。

今日は小春日和だ。

だけどいつだって、この家は小春日和みたいだ。

ほら、鏡に映る私は、もうあどけない少女みたいな笑顔になる。


「私は、うどんか蕎麦なら蕎麦派なのですが」

「ここはパスタ店だよ!」

私のセリフで直ぐに判ったのか、孝介さんは初デートの時のやり取りを再現してくれる。

「あの時は、きのこの和風パスタでした」

「そうだったな」

「今日は高菜なのです」

「高菜も美味いだろ?」

「どちらかと言えば、私は蕎麦派なのですが」

「今度、蕎麦も作ってやるよ!」

また、同じようなやり取り。

でも、あの時は同じメニューで同じ分量だったけど、今日は孝介さんの方が倍くらい多い。

「足りなきゃ取っていいぞ?」

「なっ! か、かかか関節……技?」

「間接キスだろうが!」

「どちらかと言えば、私は直接派なのですが」

「……また今度な」

孝介さんがテレを誤魔化すようにスパゲティを掻き込む。

いまは恋人の時間だ。

多分この後は、また仕事に出掛ける孝介さんを見送って、夫の帰りを待つ妻の時間になるのだ。

「孝介さん孝介さん、気を付けて行ってらっしゃい」

「まだメシの途中だよ!」

その食べてる途中のスパゲティを、私は奪うようにフォークに絡めて口許に寄せる。

ポッキーゲームみたいに、麺の両端をお互いの口にくわえた状態で、しばし目を合わせる。

「……」

「……」

「あいたっ!」

叩かれてしまいました……。

他愛の無い、そんなふざけたやり取りが、ただただ楽しい小春日和の昼下がりでした。

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