第21話 みゃーと花凛ちゃんの闘い

柔らかく、温かいものに包まれていることに気付く。

心地よさと息苦しさの狭間はざま揺蕩たゆたい、朧気おぼろげな意識の中で、そこから抜け出すか身をゆだねるかに迷う。

だが脳は酸素を欲し、強制的に覚醒へと導かれた。

……なんだこれ?

目を開いたものの、あまりに近くにある物体に焦点が合わない。

私は上体を起こし、今まで抱きついていたものを見下ろした。

胸をはだけてポロリしている乳魔人が眠っていた。

くっ!

敵性おっぱいの胸に顔を埋めていたとは、何たる不覚!

しかし……これが、Eの存在感というものか。

私は、魔性を帯びたその双丘に、しばし目を奪われ、言葉を失った。

Eの悲劇、E列車で行こう、頭文字イニシャルE……これが、E。

打ちひしがれている私をよそに、みゃーと花凛ちゃんは、まだお酒を飲んでいた。

孝介さんは胸にサバっちを抱きながら、いびきをかいて眠っている。

「トンネル」

ん? 何を言っているのか。

みゃーが呟いた単語に戸惑う。

「親子丼」

は? 花凛ちゃんも何を?

「手錠」

みゃーの明るい口調と裏腹に、何故かずっしりとした手錠の金属感が伝わってくる。

私は去年、孝介さんと強制手錠プレイをしたことを思い出した。

それにしても……トンネル、親子丼、手錠?

二人の言葉の意味が理解できない。

しりとりじゃないし、何の脈絡もない。

「あ……赤貝」

今度は花凛ちゃんの番だが、なぜ恥じらいながらその言葉を?

「花凛さん、食べ物系が多いですね」

「だ、駄目?」

何のやり取りかは判断しかねるが、やや弱気な花凛ちゃんを見るに、みゃーが優勢であるようだ。

「いえ、別にいいですよ。じゃあ……コットン」

「コットン? コットンって、そこはかとなくエロいの?」

どういうわけか、私に向けられた弱気な視線。

だが、二人のやり取りの趣旨は理解した。

表面上は静かでなごやかな空気。

しかし水面下では、年増な乙女と、うら若き人妻の熾烈しれつな闘いが繰り広げられていたのだ。

どちらがより、そこはかとなくエロいワードを言えるか──それは、乙女の妄想力と人妻の経験値の闘いでもあった。

「コットンはアリです」

私は、目覚めと同時に戦場の真っ只中に放り込まれた戸惑いを隠して、静かな口調で言った。

たかぶるものがある。

この私の中にも、闘いの本能が息づいていたのだ。

エロに関しては、みゃーは私の愛弟子まなでしと言える。

しかし、私は一切の情けをかけず、この闘いに参戦しよう。

そう、三つどもえの、出口など見えぬ泥沼の争いになろうとも。

「おしんこ!」

勢い込んで私は言った。

だが、二人はチラリと私を一瞥いちべつしただけで、何の反応も示さなかった。

「アワビ」

花凛ちゃんが、みゃーに向けて言った。

どうやら食べ物路線を継続するようだ。

……つまり、私は無視されたのだ。

「おしんこ!」

私は再び同じセリフを言った。

みゃーが、仕方ないなぁと言いたげに立ち上がって台所に向かう。

妙な沈黙が、居間を支配する。

花凛ちゃんも何も言わず、景気付けのようにコップ酒をあおる。

ややあって台所から戻ってきたみゃーは、私の目の前に小鉢を置いた。

……おしんこ盛り合わせだった。


パリポリパリポリ。

二人の言葉の応酬は続いていた。

その間、お酒も飲み続けている。

私はおしんこを食べていた。

……おいしい。

それを見た二人も、おしんこにお箸を伸ばしてきた。

パリポリパリポリ。

静かな部屋に、三人の咀嚼そしゃく音が響く。

お酒と合うのだろうか、花凛ちゃんがしみじみと味わうように日本酒を口に含んだ。

だが、それが一瞬の気の緩みに繋がったのかも知れない。

ほっ、と一息ついた瞬間を見逃さず、みゃーは言い放ったのだ。

「中指」

と。

「……」

不意を突かれた花凛ちゃんは、言葉を失った。

最初は、咄嗟とっさに理解できなかったことによる空白。

しかし、唐突に言葉は意味を持って腑に落ちる。

そう、さっきまで食していたおしんこと同じように、中指という言葉を咀嚼したのだ。

その瞬間、決してお酒のせいではない作用で、花凛ちゃんは頬を赤らめた。

私はそれを、このように例えよう。

乙女の恥じらいが花を咲かせた、と。

中指、それは一番長い指。

一番長いということは、一番奥まで届くということだ。

乙女にとって中指とは、まさに偶像であり傀儡くぐつであり象徴、つまり……仮想ちん──

「負けたわ」

花凛ちゃん……。

力無く、少し自嘲気味に笑う顔は、どこか清々しくさえあった。

それは乙女の清らかさとも言えた。

敗因は、乙女であるが故の羞恥心であろう。

「私も、もう歳ね」

何でですのん?

「私が二十歳になったのは、もう十二年も前なのね……あの頃は私もまだ初々しかったなぁ……」

いえ、あなたは今でもいヤツですが?

「ところで美月ちゃん」

「え?」

今まで二人の真剣勝負から疎外されていたので、声をかけられてビックリする。

「そこの、まろび出た目障りなモノ、何とかしてくれる?」

そんな表現をリアルで聞くのは珍しいので、いったい何のことかと戸惑ったが、花凛ちゃんの視線を追うと、確かに転び出たいろはさんのパイオツが目に入った。

確かに、こんな美しい汚物を孝介さんの目に入れるわけにはいかぬ。

「はいはい、直ちに」

殺気のようなものも感じたので、私は素直に従う。

「さあさあ、いろはさん、贅肉の塊は隠しましょうねー」

薄手のセータをずり下すついでに、私はEの柔らかさを確かめてみた。

……なんだこれ?

プルンプルンでバインバインでタップタプではないか。

私は思わず、その先端をつねった。

「うーん、孝介さん、そこはダメっす……」

「!?」

「!?」

「!?」

その瞬間、遠路はるばる泊りがけで来てくれたいろはさんの、明日の朝食抜きが確定したのでした。

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