第13話 夢と添い寝

夜中に目を覚ました。

不思議なもので、日中は暑い日が続いていても、お盆を過ぎると夜には秋の虫が鳴き出す。

月明かりと虫の声。

静寂と賑わい。

私は耳を澄ませて、しばらく庭の演奏会に聞き入っていたが、何だか無性に寂しくなって部屋を抜け出した。


私達には、それぞれ自分の部屋があって、一人で寝ることもあれば、二人で寝ることも、三人で寝ることもある。

一人で寝ていても、夜中に目を覚まして孝介さんの部屋に行くことも多い。

疲れ切って眠る孝介さんは、滅多なことでは起きない。

みゃーに先を越されることもあるけれど、孝介さんを間に挟んで、二人でおしゃべりしたりもする。

私は孝介さんの右側、みゃーは左側。

秘密基地で過ごしていた時から、それは変わらない。


今夜は、孝介さんは一人で眠っていた。

軽くいびきをかいていたので、隣に忍び込みながら鼻をそっとまむ。

別に耳障りでは無いけれど、ちょっとした悪戯心。

孝介さんは少し顔をしかめ、ややあって溜め息を吐くように口から息を漏らすと、「しょうがないなぁ」という表情になった。

夢の中でも、私が悪戯をしているのなら嬉しいな。

月の柔らかい光に照らされた寝顔を見ながら、私は孝介さんの股間に手を伸ばす。

悪戯はまだ続くのだ。

むむ、今日もお疲れですね。

ぐでちんさんは私の手に応えることなく、ぐっすりお休み中であります。


夏でも夜は涼しいけれど、くっつくのはさすがに暑い。

手を繋ぐくらいがちょうどいい。

悪戯に飽きた私は、孝介さんの右手を握って目を閉じる。

股間を触った手で握るな、とか言われそうだけど、何も知らない孝介さんは眠ったまま、無意識にそっと握り返してくる。

さあ、どんな夢を見よう。

恋人繋ぎをして、天の川を渡ろうか。

それとも、絡めた指が熱を帯びるように、熱い熱い太陽目指して彗星になろうか。

心を踊らせながら、私は眠りの訪れを待つ。

でも、孝介さんは微かに鼻をすするような音を立てた。


時々、孝介さんは眠りながら涙を流すことがある。

涙を流しながら笑っていることもあれば、苦しげに顔を歪めていることもある。

今もまた、孝介さんは泣きながら笑みを浮かべていた。

その子供みたいな笑顔に、私は胸が痛くなる。

笑顔なのは、ご両親と会えたからなのだろう。

泣いているのは、たとえ夢の中であっても、それは叶わない夢だとどこかで認識しているからだろうか。

私は手を伸ばし、孝介さんの目尻から零れた涙を指先でぬぐった。

いつだって私は子供だ。

孝介さんに甘えてばかりいる。

でも、今だけは私は大人になる。

孝介さんの大きな身体をぎゅっと抱き締め、私はお母さんになる。

孝介さんの笑みが深くなって、私の中の奥深いところで、きしむように悦びと苦しみがせめぎ合う。

突然、両親を喪った悲しみは想像を絶する。

突然、一人にされた心細さは、計り知れない。

孝介さんはそういったことを口に出したことは無いけれど、大人になっても尚、その衝撃は消えずに残っているのだろう。

恐らく、これからも、ずっと……。


孝介さんの寝顔が穏やかになる。

いつもの、優しい大人の笑顔だ。

その夢に出て、その笑顔を作っているのが私だったらいいな。

……まあ、みゃーでも許すけど。

私とみゃーは、あなたの妻であり──時に私は母となり、恋人になり、そして、娼婦にもなるのです。

私は再び股間に手を伸ばした。

む! 荒ぶっていらっしゃる。

どうやら添い寝する私の甘い匂いに反応したようだ。

もう、しょうがない孝介さん。

きっと夢の中で、獣のように私を襲っているのでしょう。

「うーん……」

おっと、あまり触ると起こしてしまいそうです。

「……美矢」

「なっ!?」

なんですと!?

「おいこら」

寝言とはいえ許しがたい。

私は孝介さんの顔面をぺしぺし叩いた。

それすら快楽なのか、孝介さんは笑顔のままだ。

「キモいのです」

鼻を摘まむ。

「う、うーん……あれ? 美月?」

寝ぼけまなこが可愛らしい。

「何の夢を? 二文字ではなく三文字で答えてください」

さあ、「みや」ではなく「みつき」と。

「え? なんだ? 何かいい夢を見ていたような気はするけど……」

「では続きを、私めでお願いします」

「続きかぁ……見られるといいなぁ……」

呟くようにそう言って、孝介さんは直ぐに眠りに落ちた。

まったく、世話の焼ける人です。

私が誘導しないと私の夢も見られないとは。

さてさて、今度こそ私も眠るといたしましょう。


では、おやすみなさい。

あなたの美月は、今日も幸せです。

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