第2話

 江川卓は、直球とカーブしか投げない。


 「それだけで、バッターって抑えられるものなの?」


7回の、巨人の攻撃の時に、江川について聞いてみた。じいさんは、「抑えられる訳がない」と、一蹴した。


 「だけど、江川はこの2種類の球しかないって、解説者も言っているじゃない」


 んー、と少し、じいさんは考えて、スライダーっぽいカーブも投げるけど、まああれはカーブだよなぁ、などと独り言のようにつぶやいたあと、


「江川には、直球とカーブしかないことになっているが、実はもうひとつ、球種を持っている」


「それは、じいちゃんだけが知っていることなの?」


「いや……割と言われてはいることなんだけどな、ちょっと話としては、突飛でな」


 じいさんの話にしては、歯切れが悪い。だけど、どうしてそうなったのかは、次の言葉を聞いて、理由が分かった。


「その球、変化球と言っていいのか……真上に「浮き上がる」球なんだよ」


 浮き上がる変化球。聞いたことがない。


「奴が高校の時から、言われてはいたんだ。江川のボールは浮く、って。物理の法則に反するだろう? しかし、皆んながみんなそう言う。ここまで来ると、もうその言葉を、信用しないわけにはいかないよな」


「打てるの? そんな球」


「誰も打てないな。「浮き上がる球」はいつもいつも投げる訳じゃ無いから、次が9回の表だろう? ひょっとしたら、投げるかも知れない。見るとするか」


 8回の裏の、巨人の攻撃は淡々と終わった。淡々と終わってしまった方が良いのかも知れない。何しろ投げるのは江川だ。いつものように、早いテンポで、そして巨人が少ない点数のリードを保ちつつ、最終回、9回の表にゲームは進行して行く。


 日はまだ高い。夕方の雰囲気すら感じさせないまま、ゲームは終わりを迎えようとしている。

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