私の気持ち

 いつもの様に図書館を開き、小さな子供連れの家族を迎えながら仕事をしていると、珍しい人が来た。

 大人の男性が一人でこの図書館に来ることはとても珍しい。

 そんな風に思っていると、男性がカウンターへやって来た。

「初めまして。突然で申し訳ないですが、この図書館を取材させてもらえませんか?」

 話を聞くと彼は小説家らしい。小説の内容は決まっていないそうだが何かの参考になるかもということで取材がしたいみたい。

 この図書館が物語の中に出てきそうだという噂を聞いて気になったと、彼は説明をしてくれた。

 私としては断る理由もないので取材を許可した。

「ただ、他の来館者もいるので、写真を撮る際は誰もいないところか、写ってしまう場合その人に許可を取ってからお願いします。あと、私への取材は仕事もあるので閉館前になってからでいいですか?」

 彼は「わかりました。ありがとうございます」と笑顔でお礼を言って早速館内の中央へと向かっていった。

 おそらく大きな螺旋らせん階段へと向かったのだろう。当館の目玉と言ってもいいくらいのものだし、おそらく噂になっているのもあれがあるからだと思う。

 確かに物語の中にありそうだと私も何度も思った。


 来館者の人と話をしたり、本の整理をしたりしているとあっという間に閉館五分前。

 あらかたの仕事が終わり、カウンターへ戻ると彼がやって来て取材が始まる。

 そんな日々を過ごしていると、閉館五分前になるのを楽しみにしていることに気づいた。もっと話してみたいなと、思うようになった。

 でも取材は一週間だけ。それが終われば彼もここには来なくなるだろう。

 ここにある本は大体が絵本か児童書で、販売しているのも同じ。

 だから子供連れの人が多いし、大人の男性が一人で来ることはほとんどない。

 扱う本の幅を広げたら、また来てくれるだろうか。

 いつしか私はそんなことを考えるようになっていた。


 いろんなことを考えながら毎日を過ごしていると、取材最終日だった。

 今日で取材は終わり、彼は来なくなる。これからも来てほしいなんてことは図々しい気がして言えない。

 またぐるぐると考えていると、視界の端に彼が入った。

 どうやら絵本を読んでいるようだ。

 とても真剣な目で、それでいて口元は笑っている。彼はあんなふうに本を読んでくれるのだと知った。

 絵本や児童書には興味がないと思っていたが、そんなことはないのかもしれない。もしそうだとしたら、また来てほしいとお願いしてみてもいいのだろうか。

 その後も仕事の合間に彼を見ているといろんな面が見えてくる。

 彼がとても優しく笑うこと。どんなものでも大事に扱うこと。小さな子と話すとき、視線を合わせて話していること。

 彼は本当に優しい人なんだと見ていてわかる。

 だからこそもっと話をしてみたい、もっと彼のことを知りたいと思ってしまう。


 いつもの様に閉館五分前に彼がカウンターへやってくる。

 いつもの様に取材を受ける。

 そしていつもの様に彼は帰り、明日からは来ないのだろう。

 そう思っていたのに、今日は違った。

「あの、今日で取材は終わりですが、これからもここにあなたと話をしに来てもいいですか?もっと、あなたと話がしてみたいんです」

 驚いた。まさか私と同じことを思っていたなんて。

 驚きで声が出ず、そんな私を見て気まずくなったのか、彼は視線をそらしてしまった。

「ふふっ」

 まさか私と同じことを考えていたなんて、なんだかおかしくて笑ってしまう。

「いいですよ。私も話してみたいと思ってました。そう言ってもらえて嬉しいです」

 素直にそういうと、彼はほっとしたように笑い、やがて本当に嬉しそうに「ありがとう」と言った。

 私たちは顔を見合わせ笑い合う。

 これから始まる新たな日常。たった五分間の二人だけのかたらいの時間。

 それはきっと、大事なものになるだろう。

 そんな未来に思いを馳せて、私の心は脈打っていく。

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