白狐と青い夢

しばらくすると先生が、

何冊かのノートを持って戻ってきた。


待たせたね……。


そのまま

卓袱台ちゃぶだいにノートを置いた。


わたしがその花言葉を知ったのは……


そう言いながら

ページをめくっている。


静子が書いたこの日の日記なんだ……。


そう言って付箋のついたページを開いて、

3人の顔を一通り見て緑郎に渡した。



遠目で見てもきれいに整った字で、

一文字一文字に心が籠もっていて、

少しまるみを帯びて女性らしい、

人間味のあるとても読みやすそうに見える。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



落ち込んでいた主人がある日、負以外の感情を取り戻してきていると感じた。


自分の好きな珈琲を見つけだしたらしい。

なんでも若い学生に教えてもらったそうだ。

私に聞けばいいのに…。


入院してから今ままで私の体調の話と、

天気の話をしかしなかったのに、

コーヒーの種類の話や、

美味しい紅茶の話を楽しそうにしだした。

もちろん私への気遣いもしてくれた、

欲しい物はないか?とか

元気な時に外出しよう!

とか…。


彼が元気を取り戻している事は悪い事ではない。しかしその元気は私が与えたものではない…。

わかる。


若い学生というのは…。

私にはわかる。女だ…。

きっとその娘が世話をしてくれているのだ。

彼は何もできないから…。

病気になった私が悪いの?

世話が出来なくなった私に価値はないの?


こういう感情を悋気りんきというのだろう。


私は彼にこの色の褪せた部屋に花を飾りたいと伝える。わたしの指定する2つの花。



一つ目は甘野老あまどころ

花言葉は

「元気を出して」

「心の痛みの分かる人」

「小さな思い出」


私は主張しすぎずに、

白くて小さくてかわいいアマドコロが好きだ。

この花言葉をあなたに捧げたい。


2つ目はエリンジウム

花言葉は

「秘めた愛」

「秘密の恋」。


2つの花を並べた私の最初で最後の意地悪。

あなたにはわかるかしら…??


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

エリンジウムの花言葉は、

秘めた愛 秘密の恋

……ですか。

ある意味、

薊の花言葉

「報復」

より根深い……。


日記を私に直接渡さずに

緑郎に手渡した理由がわかった。



先生はこの日記をいつ見つけたのですか?


と緑郎が聞く。



静子がこの世を去ってしばらくして、

遺品の整理をしてる時にだよ。


私はあの日島から、本土の1番近い病院に運ばれた。もう生きてるのも嫌になってしまってね…。気力が全くなくなってしまった。

そう思うと全身に力がはいらなくて、

視点も定まらないし、

人が何を言ってるのかも、

まるで頭に入ってこなかった……。

妻に全てを見透かされていたうえに、

その妻がもうこの世にはいないとわかっていたからね……。

まるで魂がぬけたように呆けてしまっていたんだ。


あの島で白い狐に会った時に、

すぐにこの狐は静子の化身だと感じたんだ。



何故白いキツネが静子さんの化身だと?


目を見ただけでわかったよ。

何かを訴えかけるその目は

静子の目そのものだった。

だから私は……

心の中で必死に許しをうた。


結局私は自分の心の弱さを

神道の研究と、

それから麻倉と会う事で埋めていた。

静子を失う事を考えるのが怖くて……。

その事と向き合う事もから逃げて、

看取る事もできずに

彼女を一人で逝かせてしまった。

誰よりも愛おしく思うが故に

その死と向き合う事から目を背けてしまったんだ。


その夜は大人気なくずーと泣いた。

声を上げてずーと……。


その夜私は夢をみたんだ。

青い世界の不思議な夢……。



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