千思万考

本殿の横にある社務所。家内安全 交通安全 等の御守りが売られているが、この神社の主神である弥都波能売神みつはのめかみの特性から 祈雨 止雨 安産 の祈祷、それから菅原道真が祀られる天満宮だけに、学業成就や合格祈願の御守りなんかが有名なようだ。その裏手側に関係者の入口がある。

そこから入っていくつかの部屋がある。

その中の一つに私達は通された。

きっと子供の時もこのいずれかの部屋から父を待っていたはずだ。


さて何から話したら良いだろうか……。


と襖をしめながら先生が言った。


すると話のきっかけを提案するように、

緑郎が話はじめる。


あのー……僕から聞いても良いですか?



えーと君は…?



はい、深月さんとそのーちょっと……、

話せば長くなるのですが、縁があって彼女共々仲良くさせていただいてます。

明石緑郎あかしろくろうといいます。


緑郎から彼女という言葉がでて、

優美が慌てて前にでる。


蒼井優美あおいゆみといいます。



なるほど。

色とりどりな名前だねー。



と先生は微笑んだ。



では麻倉さんの友人なんですね。


はい。


君たちがどこまで聞いているかはわからないけれど、答えられる事は答えよう。


あの…あれ……、


と優美が欄間を飾る花の彫り物を指差した。



あの木彫りのお花って……。


あー…。

最初の質問がその内容ということは大分深く話されてるみたいだね……。


お察しの通り甘野老あまどころですよ。

この神社を護る一族の家紋でね……。

そもそもこの「雨宮天満宮」は静子の……、亡くなった妻の実家なんです。

だからこの花は妻の実家である雨宮家の家紋という事になるわけだ。


奥様の実家?!

私は何も知らなかった…。



生駒先生は甘野老が奥様の実家の家紋と知っておられたのですか?



いや。

こちらの神社に来て初めて知った。



え!?

でも先生はあの日間違えなく、

神棚の花に一驚していた……。



じゃー何故あの日神棚の花を見て驚かれていたんですか?

奥様と結びつく何かと感じたからではないんですか?



麻倉……。

うん。

静子と結びついたのは確かだ……。


そういうと先生は天を見上げて目を瞑った。


彼女はガーデニングが趣味だったんだ。

春にはチューリップやクロッカス、ポピーなんかを好んで植えていた。中でも彼女が大事に育てていたのがアマドコロだったんだ。

それが家紋とは知らなかったんだ本当に…。


いろいろ思い出して感極まったのか

少し沈黙があった。



彼女が癌を患っていた事は聞いているかな?



緑郎と優美が顔を見合わせて、それからこちらの方を向いたので、私は首を何度か横に振った。



癌だったんですか?



あー末期の乳癌だった……。

入院していた彼女がある時、

「病室にお花がほしい」 と言ったんだ。

私は近くの花屋に買いに行こうかと思ったんだ。しかし彼女は庭の花を持ってきてほしいと熱望した。


甘野老をですか?



あー。

甘野老をだ。

それからエリンジウムという花を、

寄せて植えた鉢がほしいと言っていたんだ。



エリンジウム?


アザミの一種で

マツカサアザミともいうものだ。

知っているかい?



薊ではなかったのですか?



ん……?

何故?



先生はあの島で、

神棚の花を見たあとに、

甘野老…アザミ…

とこぼしてましたよね?



……?

言ったかな?

覚えてないなー……。



私は静子の為に庭の花を一つの鉢に寄せて植え替えて持って行った。


だから人の出入りが無い島のやしろの神棚に、その2つの花が飾られているのを見た時は本当に愕然としたよ。

その特別なたいしてメジャーでもない花が飾られていたのだから……。




あの2つの花に込められた深い思いを考えると悔恨が胸を締め付けた。

私の軽率で浅はかで自分勝手な行動が、

一つの夫婦の間に大きな溝を作ってしまったのかもしれないのだから……。


同時に静子さんの先生に対する

深い愛情と思いの強さ、

そして死にゆく我が身の儚さ、

その思いが念となって

現実世界をも困惑させていたのだろうか?

などと考えてしまう。



しかし、アザミとエリンジウムは、

別物なのであろうか?

だとしたら花言葉も違うのだろうし……。



生駒先生はその甘野老の花言葉ご存知ですか?


あー……。

知っているとも……。

少し待ってくれるかい?



そういうと先生は何かを取りに部屋をでていった。























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