逡巡(しゅんじゅん)
逡巡…決断できないでぐずぐずすること。
ためらい。
どう?調子は?
寂しい病室に花でも飾ろうと
妻が好きなアマドコロとエリンジウムを庭から植木鉢に植え替えてもってきた。
妻に声をかけながら病室に入ったが、
一人部屋には自分の声だけが響いていた。
相変わらずの寂しい顔。
あたまを撫でてあげる。
白い手を伸ばして私の温もりを求める。
しばらく手を握りもう一方の手で頭を撫で続けてあげる。
寒いねー。
温かい紅茶でも淹れようか?
うなずく。
テレビ台の下の棚から紅茶の缶を取り出す。
家の戸棚から発見したルピシエの紅茶
Christmasと書かれた紅茶の缶には、モミの木に雪景色、雪だるまなどが描かれている可愛らしいデザインだ。
甘い香りの茶葉を急須にいれて熱いお湯をそそいだ。
透明なteacupに綺麗に紅く透きとおった茶を香りがたつように上の方から注ぐ。
注がれた紅茶を少し口にふくんで鼻から抜けるように息を吐き出すと、体中で癒しの香りが伝わっていくのを感じた。
美味しいねー。
え?なに?
ちょっと待って。
妻は話す事はできるが、
力なく声量は弱い。
だから顔の近くまで近づいて耳を傾ける。
あなた最近楽しそう…。
楽しい?
そうだね君に会えると楽しいよ。
少し微笑んで
むせこむ。
背中をさすってやる。
私はさみしいわ。
あなたが楽しそうにしてると嬉しい。
でも
あなたが楽しそうにしてると寂しい…。
わがままね。
どうしたよいかわからず、
とにかく抱きしめる。
白いものが混ざった髪をなでてあげる。
それから小1時間たわいのない話をして病室を後にした。
銀色の腕時計に目をやりスマホで電車の時間を確認した。18分の電車にのれば待ち合わせの時間にはなんとか間に合いそうだ。
電車が来る前に駅のトイレで鏡の前にたつ。手持ちの携帯様のワックスで髪の毛を直しながらため息をつく。
いったい何をしているのだ私は…。
麻倉とご飯を食べに行く度に
会うのが楽しみになっている。
本当の事を言うと正直助かっている。
妻の死を覚悟して以来、
何をやるにも、
気力というやつがでない。
授業の準備も、
自分の身なりのことも、
掃除も洗濯も、
ご飯を食べる事も
朝起きる事すら憂鬱な気持ちになる。
何の為に生きているのか、何を目標に生きていいのかわからくなっていた。
おう。
待ったかい?
大丈夫です。
今来たところですから。
うん。じゃあ行こうか。
麻倉がどういうつもりかはわからない。
とにかく彼女は私の話を良く聞いてくれる。
もちろん講義の内容や神道についてがほとんどだが、紅茶や珈琲の話、好きな本の話、植物の話…。つまりは何でも聞いてくれる。
ただ聞いてくれるだけではなく、
話手の気持ちが良い合いの手を必ずいれてくれる…。聞き上手なのだ。
だからまた会いたくなる。
わたしの話を聞いてほしくなる。
わかってもらえた気分になる。
娘ほどの年齢の女性に、
甘えているのだ…。
妻の事を思うと心が痛む。
妻の顔を思い出すと自分が本当に、
ひどい男に思う。
頭の中で二人の女性が
まぁもちろん私が一人で妄想にふけり、
私が勝手に病気の妻を裏切り
教え子である生徒とご飯を食べているだけの事だけれど…。
先生…。
ん?どうした?
先生がどう思っているかわからないけど、
手を繋いでいいですか?
そのまま抱き寄せて彼女の唇を…。
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