悋気(りんき)

もうこの窓の外に出て思い切り深呼吸をする事はできないのだろう…。日に日に体に力が入らくなるのを感じる。


抗癌剤は自分から拒否をした。

私は母も祖母も癌で亡くしている。

だから私もいずれ癌で死ぬだろうと思っていた。

祖母の時は正直わからないが、

母は抗癌剤が合わなかった。

毎日苦しんで、毎日…。


 私が倒れたら主人の面倒はいったい誰がみるのだろうか?

胸の違和感を感じた時に最初にそう思ってしまった。

一人で何もできない人だから…。

私がしてあげないと…。

そう思うと 病気 を診断される事に恐怖を覚えた。

 

 今まで当たり前のように過ぎてきた日常。


毎日彼より早く起きて、

厚切りのトーストを用意して、

玉子とベーコンとちょっとした野菜を

盛り付ける。

コーヒーは欠かさない。

大好きな珈琲豆を挽いてドリップで淹れる。

その香りにつられるように起きてくる。


そんなたわいもない日常が

ある日突然音もなく崩れ落ちるのだ。


私が癌だとわかった時の彼の顔は忘れられない。いつも凛とした顔がみるみるうちに血の気を失い、その一瞬でまるで玉手箱を開けた浦島太郎の様に年老いたお爺さんの様になった。


大丈夫よ。

直ぐに死にはしないわ。


私の方がショックを受けたはずなのに、

私が彼を慰めた。

かわいそうな事をした。

私がもっと自分の健康にも気遣っていたら…。


彼を一人にして死ぬわけにはいかないわ。


その思いとは裏腹に癌細胞は私の体を蝕んでいく…。彼はますます落ち込んでいく。

けれど励ますどころか話す事もどんどんままならなくなっていく…。



その彼がある日、負以外の感情を取り戻してきていると感じた。


自分の好きな珈琲を見つけだしたらしい。

なんでも若い学生に教えてもらったそうだ。

私に聞けばいいのに…。


入院してから今ままで私の体調の話と、

天気の話をしかしなかったのに、

コーヒーの種類の話や、

美味しい紅茶の話を楽しそうにしだした。

もちろん私への気遣いもしてくれた、

欲しい物はないか?とか

元気な時に外出しよう!とか

…。

彼が元気を取り戻している事は悪い事ではない。その元気は私が与えたものではない…。

わかる。

若い学生というのは…。

私にはわかる。女だ…。

きっとその娘が世話をしてくれているのだ。

彼は何もできないから…。

病気になった私が悪いの?

世話が出来なくなった私に価値はないの?


悔しい。

何もできない私が悔しい。

でも涙をだす力もない…。



悋気(りんき)…


やきもちを焼くことという意味です。恋人や配偶者など自分が愛している人が自分以外の人を好きになるのを不満に感じることです。




わたし…。


ん?どうした?



わたしこの部屋にお花がほしいわ。


花か?

わかった買いに行ってくるよ。

どんなのがいいだろう?

明るい色がいいなー?



私が庭で育てているアマドコロ…。

わかる?

白くて小さな提灯みたいなかわいいおはな。それから庭の隅に植わってる紫色の花。

エレンジウム…。



わかるよ。アマドコロと…。

紫色の花アザミだね?


はい。

それを寄せて植えて持ってきてほしい…。

私大好きなお花…、

その二つの小さなお花が並んで咲いてるのが欲しい。


わかった。

明日にでも持ってくる。


植え替えって難しいの、

気をつけてね。


あー。調べてからやるよ。



ありがとう。



アマドコロ(甘野老)の花言葉:

元気を出して、

心の痛みの分かる人、

小さな思い出。

別名 狐の提灯


私は主張しすぎずに、

白くて小さくてかわいいアマドコロが好きだ。

この花言葉をあなたに捧げたい。




エリンジウムの花言葉:

「秘めた愛」

「秘密の恋」。

…。


2つの花を並べた私の最初で最後の意地悪。

あなたにはわかるかしら…??

 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る