雨夜の月

ついに降ってきたか…。

どんよりと広がる雲をみあげながら

あきらめて紺色の大きな傘を広げた。


 緑郎(ロクロウ)は優美から電話があってすぐに市民病院へと向かった。


昨晩から予感というか、

なんとなく何かが起こる胸騒ぎがしていた。雲一つない夜空に赤い星を見たのだ。

夏の大三角形というやつだ。

普段は気にも留めない景色だけれど

暗闇の中に煌々と光

3つのあかい星を眺めていたら、

たまらなくさみしい気持ちになった。

あの星々の間には


織姫と彦星の間をさいた天の川が流れているらしい。なんて七夕話しきいたっけなー…。


その映像がよほど目に焼きついたのか、

起きた時に赤い筋が瞼の裏を走っていった。

ドクン と心臓がなり 何かと繋がった気がした。



優美と別れた事をずっと後悔していた。

そもそも本当に離婚するなんて思っていなかった。


今思えば

色々なストレスが溜まっていたのだ。

仕事とか

親の介護の問題とか

それに伴う兄弟のわだかまりとか、

思う様にいかない事が多すぎて

半分は優美に八つ当たりしてたのだと思う。



別れて最初はスッキリした。

開放感というか、

自分の事だけ考えれば良いとか、

彼女が何か仕出かすかも。

という監視をせずに済むと思うと…。


けれどそれは自己満足。

自分の思い通りになるように

干渉していただけだ。


少しでも自分の辛さをわかってほしくて、

意地の悪い事を言ってしまう。

それで彼女を傷つけていたのだと

今なら思える。



結局僕は、

彼女にできない事を見つけて

何故できないか?

と問い詰めるだけで、


彼女に寄り添って

どうして問題を解決するべきか

を考えようとはしなかった。


健気で

気づかいができて、

いつも自分以外の事を優先する。

優しいひと

何もかも照らす

太陽ではなくて、

暗闇を照らす月のよう。


雨夜の月

あっても目に見えないもの。


「影見えぬ君は雨夜の月なれや出でても人に知られざりけり」か…。



優しさなんてのは目に見えないもの。

僕は優美の優しさに甘えていたのだろう。



病院に着いた。

とりあえず優美を探さないと…。

受付は…。


優美さんはここにはいないわ。


誰?


えーと?

優美の知り合いの方ですか?


知り合いというか…、


しばらく沈黙。


私はあなたたちのつながりの糸が見える。

赤い 紅い 朱い糸

それは人によってはつながりで、

それは人によってはつながれてる。

意味わかりますか?


呆気に取られたが、

理解はできた。


私は今からあなたの糸を辿って

優美さんを迎えにいきます。

あなたは待つことも帰る事もできる。

けれど宿命はかえられない。


そう言って彼女は去っていった。


僕はただ頷いた。

何も言うことは出来なかった。

でも全く知らないこの女性を

信じてみようと思った。


つながりを持つこと、と

つながれていること

同じ意味でも全く別のものに感じる。

その不思議な違和感について考えながら、

僕は彼女と優美を待つ事にした。





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