カタルシス

夏の青い空は

いつしか黒い雲に覆われていた。

湿度と雨の匂いを感じながら

後頭部の古傷の疼きを堪える。


私にはわかる。

まもなく雨が降る。

雨は嫌いだ。

悲しい気持ちになる。

全てのメンタリティを

黒く塗りつぶされる。


優美の手を引きながら、

駅前のロータリーへ向かう。

黄色いFIATの前に立ち、

キーを差し込み、

扉を開ける。

父から譲り受けた黄色いFIAT。

年々エンジンのかかりが悪くなり、

いつ力尽きてもおかしくないのに、

深月には愛おしくて見捨てられない。


引いてきた手を離し、

助手席へと促した。



あなたはいったい何者なの?



ごく自然な質問だ。


私にもわからないわ。

でもあなたに助けが必要な事は

わかるわ。


私が踏み切ろうとしていたから?


それもあるわ。

でも本当の所はそれよりも深い。

きっと伝えてもわからないわ。

優美さん。

運命て信じる?


必要以上に首を横にふる。


車のキーを回して

エンジンをかける。

フロントガラスに細かい

霧状の水滴がふきつける。

まだワイパー動かさない。



あなたを待っている人がいるの。

これから会いに行かない?


私には待っている人なんていない。

わたしはひとりです。


ううん。

私には見えるは

あなたの糸が、

細くて繊細でちぎれそうな糸。

でもひとつつひとつ解いていけば、

その先に繋がるものがある。



ツナガルもの?



私はあなたの糸に寄り添い

心のからまりを外してきた。

けれど結局最後の結び目を解くのは、

あなた自身でしなければならない。



最後の結び目?

私自身が?

どういう事?


運転しながら、

頭痛が酷くなっていく。

恐らく雨のせいだろう。

私が雨に感じる

不快感は尋常じゃない。


あなたは

駄目なところも含めて

自分を認めていかなければならない。

あなたが自分自身から目を背けたら

きっと繋がるものにも伝わらないわ。



自分自身から目を…。

全てを曝け出せば、

相手も受け入れてくれるはずよ。

まずは今のまんまの自分を認めてあげて

悪くないって思う事ね。

自分を低いところに置いておく

っていうのは、

優しさや強さがないとできないことだから。



そういうと

優美の先程まで虚だった目に、

生が宿ったように、

涙を流して、

声を上げて泣いた。


まるで悪い物が抜けていくように、

ひどくドロドロに汚れた血が

サラサラと流れて行くように、

優美の朱い糸は浄化されていくのを

感じた。



これがきっと私の宿命。

拗れた糸を解くという

カタルシス。



だけど私こそ

自らの過去と対峙していかなればならない。

この忌々しい雨の記憶と…。







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