第74話


『事件を起こしたヤツらに関しては……』


 そう俺が話を続けようとしたところで、少年が「知っているよ」と呟いた。


『え』

『そもそもきっかけはその人たちの勘違いで、あのゲームを形にして販売をした時、その利益を奏兄さんが独り占めしようとしていると思って嫌悪と憎悪の両方を抱いていたって』


『なんだ、全部知っていたのか』

『そりゃあね。それに、そもそもその人たちは奏兄さんの才能に羨望と同時に嫉妬もしていたって事も……ね』


『…………』

『あの人たちの中には、過去の……学生時代の奏兄さんを知っている人もいたはずなのに』


 そう言うと、少年は唇をかんだ。


『あいつらは、奏兄さんと協力して……なんて言って、実際は何もしていなかった。それでも、奏兄さんは優しいから。そんな人たちの仕事もして……それなのに、あいつらは「奏さんと自分たちの実力の差を思い知って、だんだん自分が惨めで出来ないヤツだと思い知らされたから」なんて言って、自分の事は一丁前に言って、誰一人何も反省も後悔もしていなかった』

『それで……殺したのか? あの人たちを』


 俺は、何も感じないまま現実世界でキーボードを叩いた。実は、今までの会話は全て俺は『キーボード入力』をしていたのだ。


『……あ。やっぱり知っていたんだ』


 この事件に関わった従業員たちは、全員何らかの事情で判決が出る前に死んでいた。


 その原因のほとんどが『交通事故』だったのだが、なぜかその事故には大体『信号機の誤作動』が絡んでいた。


 今までの話しを聞いた感じで、少年の奏に対する気持ちの強さを感じていたから、その可能性もあると思っていた。


 だが、俺の中では内心「この少年はそんな事をしないだろう」と淡い期待をもっていた訳なのだが。


 まぁ、そんな俺の気持ちは今の発言で簡単に打ち砕かれた……というワケだ。


『はぁ、なんだ。でも、やっぱり……奏兄さんは気が付いていたんだ。気が付いて尚、奏兄さんはそれを受け入れたのかぁ』

『…………』


 空を仰いでいるように見える少年は『どこを見ているのか分からない』感じが、どことなく『上の空』という表現に近いモノを感じた。


『はぁ、そっか。そっかぁ』


 そう言って少年の姿はどことなく『無気力』いや、目的を失った『喪失感』という感じもする。


 しかし、それと同時に「放っておくと何をしでかすか分からない」という『危うさ』も感じられる。


『僕は、奏兄さんが遺したこの世界をそういったモノのない世界にしたかったんだけどなぁ……』

『ん? どういう事だ?』


『ん? だからさ。僕はこのゲームの中。いわば僕の世界に、奏兄さんが死んだ理由とも言える負の感情がない世界にしたかったんだよ。勘違いで人を傷つけたり、嫉妬や憎悪。嫌悪感もない。人を憧れる羨望はあっても、後悔のない世界を……僕は作りたかった』

『そう……だったのか』


 少年の掲げている『理想』を実現するのはかなり難しい。それは少年自身が一番分かっているはずだ。


 しかし、少年は願わずにはいられなかったのだろう。


 それが『自分』という『存在』を作り出してくれた『奏に対する恩返し』だと信じて疑わなかったのだから。


『それこそ、過去や思わぬ人との再会にもとらわれずに何もとらわれずに純粋な気持ちでゲームを楽しんで欲しかった。だから、僕の世界にはそれらの感情はいらない。思わぬ出来事も……。そんなモノは全て捨てたかった』

『それで、自分自身の負の感情にケリをつけるために俺と話をしたかったのか』


『まぁ、それで完全に失うワケじゃないよ。でも、奏兄さんが最期に何を思ったのか……それを知ることが出来てよかったとは思っている』

『それで……これからどうするんだ。今までの事件の情報を全て開示するのか』


 少なくとも、少年が隠している情報によって、今まで未解決になっていた事件は解決出来る。


 ただ、それをするためにはまず、少年を説得しないといけないのだが……。


『それについては大丈夫。僕は……もうすぐ消えるから。僕が消えたら、今まで僕が隠していた情報はすぐに表に出るよ』

「……はっ? 一体、何の事を言って……」


 俺はそう思った事をそのままキーボードを叩いた瞬間――。


『!』


 文字が言語としてゲーム画面に表示される前に、突然何やら建物が壊れるような音がパソコン内に響き渡った。

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