第73話
そもそも事件は、警備員がいつもは鳴らない警報音に気が付いたところから始まった。
その警報音は、通常このビルを利用している人が持っているカードを持っていない人が無理矢理ドアを開けたり、エレベーターを利用した場合に鳴るモノだ。
だから、このビルに入る清掃に限らず、外部の業者などはまず警備室の前でこのカードをもらわなくてはならない。
それが鳴った……となれば、当然考えられるのは『このビルを利用しない人間』つまり『泥棒』といった類の人間だろうと、当時警備員は考えた。
そして、警報音が鳴っていたのはつい最近このビルに入ったばかりの新しい会社で、警備員たちは周囲を警戒しつつ自動ドアに手をかけた。
いつもであれば、その自動ドアは作動しているのだが、なぜかその時は動いていなかった。
それだけでもおかしな話なのだが、その上なぜかその会社の電気はついていたというのだ。
その光景を不審に思いつつも警備員が部屋に入ると、そこには部屋の中心で首を吊った男性の姿があった。
それが奏であり、そして奏の足元にはイスが倒れていた……というのだ。
『…………』
当初は、この事件の状況から『奏は自殺した』という線が強く、警察の捜査もその方向で進められていた。
だが、警備員の話や部屋から見つかった『縄を引っかけられそうなフック』と『奏が飲んでいた缶コーヒーに入っていた強力な睡眠薬』や『犯行に使われた異様に長い縄』が出て来た辺りから、捜査は『他殺』の可能性が浮上してきた。
『そうして逮捕されたのが、奏と共にこの会社を立ち上げた従業員全員……とまぁ、コレはニュースでも話題になったから知ってはいると思うが』
『うん。だから、そうじゃなくて』
『ああ、分かっている』
俺は「犯人が逮捕され、事件が解決した」と知った後も、心のどこかで「本当に奏は何も知らなかったのか?」という疑問が浮かび、色々と自分で調べていた。
そもそも、幼少期から『自身の見た目』で周囲から様々な視線を向けられ、それらの視線に敏感だった奏だ。
その事を踏まえてを考えると、とても「何も知らなかった」とか「そもそも気が付かなかった」とは考えにくい。
『で、調べた結果。やっぱり、奏は気が付いていたみたいだ』
『え、なっ。何を』
『自分が殺されるって事だ。多分、睡眠薬を盛られた辺りから気が付いていたんじゃないか? まぁ、さすがにこの時まで分からなかったみたいだけどな』
『…………』
俺がそう言うと、少年は無言のまま下を向いていた。
多分、少年は「奏は被害者で何も知らずに殺された」のだと、ずっと思っていたのだろう。
いや、本当は『そう思いたかった』の間違いか。
『俺だって最初はそう思いたかった。だが、犯行に使われた縄を触った一度だけ触った様な痕跡があった事で、その事を悟った』
通常、こうした証拠の資料などを俺みたいな一般人が触れる機会なんてそうそうないが、境さんに一度だけ『借りを返す』という名目で見せてもらった事があった。
『ただ、それは首を絞められて抵抗した……ってヤツじゃなく、簡単にちょっとだけ触れた……という感じだった』
それこそ「自分の首にあるコレはなんだろう」と確認したかの様に。
『多分、自分がこの後どうなるのか。誰がこんな事をしてるのか、そもそも企てたのか……。ひょっとしたら奏は、その時点で全てを悟ったんじゃないか』
『…………』
そもそも、俺がこうして調べようと思ったのには『ワケ』がある。
実は、この事件が発覚する数分前に「ごめん」というメールが届いていたのだ。
あまりにも唐突で短い謝罪文に当時、コレをもらった瞬間。俺はよく分からず混乱した。
それこそ「誤送信かな?」と思ったほどだ。
しかし、この事件を調べていく内に、奏は全てを入力せずに、とりあえず何となくでもメッセージが伝わればと思って、俺にコレを送ったのだろう……と察した。
いや、もしくは殺される前に俺に一言……と思ったのかも知れない。
さすがにそこまでは俺も分からないが、奏はとりあえず『送信完了』と同時に、このメールの存在と俺の連絡先などの『俺に関する情報』全て消した様だ。
その奏の機転のおかげか、そんなメールを受け取っている『友人だった』俺の元に警察が来る事はなかった。
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