第72話


『なっ、なんで俺が奏の事件について知っていると思ったんだ?』


 そもそも、そこから話が始まるのがおかしい。


『簡単な話だよ。翼君が探偵になった理由でもある奏兄さんの死について。翼君なら、警察よりも……もしかしたら、もっと詳しい事を知っているんじゃないか。そう思ったんだよ』

『いや、なんでそもそも俺が探偵をしている事を知っているんだ?』


『そんなの……翼君の弟君のパソコンを出入りしていれば、分かるよ。まぁ、多分。弟君自身は気が付いていないと思うけど』

『おいおい、そこまでしていたのか』


『知りたい事に関しては、基本的に貪欲なんだよ? 僕』

『おい、じゃあ待て。つまり、君は俺にその事を聞きたいがためにここまでの事をしたのか?』


『あくまできっかけは、一つの少女からの相談だったけどね。でも、上手く利用出来るんじゃないかって考えたのは、事実だよ』

『…………』


 その言葉を聞いて、俺は絶句した。


 なぜなら、この少年は自分を作り出した兄の死の真相を知るために、古い友人である俺に会うため、彼女たちの犯罪に手を貸したというのだ。


『でも、こんなに時間がかかるとは思わなかったや』


 確かに、きっかけは「ただの相談」だった。そこから、ここまで辿り着くのには、結構な時間がかかった。


 その間にも事件は起こり、指輪を持っている。もしくは持っていた人たちが持ってきた事件や事故は、俺が解決した。


『じゃあ、俺が事件に関わったその前後に起きた解決していない事件や事故の数々は……』

『それは、僕が関わっているね。だって、彼女たちにとっては、むしろそっちが本来の目的だったからね』


 つまり、彼が本格的に関与したモノは全て『未解決』か『事故』として処理されてしまっているという事を意味している。


『そこまでして、知りたいのか。あの事件の真相は結局、警察が捜査した通りで何も……』

『そんな事は知っているよ。殺したのは、奏兄さんが作った小さい会社の従業員数名……いや、この場合は全員って言えばいいのかな? ただ、直接手を下した人はいない……でしょ? 知っているよ。でも、僕が知りたいのは、そんな上辺の情報じゃない』


 ――情報ではなく、状況の説明。


 警察が開示したモノだけではなく、奏が死ぬ間際に見た光景や心情などを知りたいという事なのだろう。


「…………」


 確かに、俺が探偵という不安定な職業に大学を中退してまでなったのは、俺も『それ』を知りたかったからである。


 そして、今はこうして『探偵』と名乗っておきながら、事件や事故よりも色々な手伝いをしているのは、何となくでも『それ』が分かってしまったからだ。


『まぁ。言いたくないかも知れないけど、それならそれでこっちにだって考えがある』

『……なんだ』


『今って、ちょうど弟さんの手術中なんだよね?』

『おい! まっ、まさか』


 確かに、今の時間はまだ光の手術中だ。


 本来なら、もっと早くに決着をつけて駆けつけるつもりだったが、なんだかんだで長引いてしまったのだ。


『翼君も、一度は大切な人を亡くす苦しみを知るといいよ』


 そう言うと、少年は真顔になり、そのまま辺りを見渡し、何かを探す様な……そんな怪しい動きをした。


『まっ、待て! 分かった、話す』


 ただ、言っている言葉の意味と、今までの行動力から『少年が何かやろうとしている』という事くらいは……さすがに分かる。


 コレもまた一種の『脅し』の様なモノだろう。


 しかし、いくら「弟に手を出されたくなければ……」と脅されたとしても『事実』は変わらない。


 だから、俺は最初に『だが、最初に言っておく。コレを話したところで、犯人は変わらない』と少年に伝えた。


『後、コレは俺があくまで考えた事であって、奏本人の言葉でもない。それを理解した上で聞いてくれ』


 俺は、まくし立てるように言うと、少年は「待ってました」と言わんばかりに「うん、分かった」と無邪気な笑顔で答えた。


『…………』


 ただ、俺にはこの時に見せた少年の無邪気な笑顔とさっきの真顔との差があまりにもあり過ぎて、この笑顔が無性に怖く見えた。

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