第67話


 俺もあの時は楽しませてもらったが、それ以上に奏は思うところがあった様に感じる。


『奏は、俺や光が楽しそうにゲームをプレイしている姿やリアクションを見て、よっぽど嬉しかったんだろうなとは思っていた。でも、それで自分の将来まで決めるきっかけになるとは……俺も光も思っていなかったな』

『うん、そうだよ。みんなの、楽しそうにしている顔。驚いている顔が見たいって思う様になった……って言っていたから』


 そうして、奏は将来的に『自分の力でゲームを作る』という目標を掲げて、俺はその夢を陰ながら応援する事にした。


『まぁ、俺は別に守銭奴しゅせんどってワケじゃなかったが、元々ビジネスとか経理とかそういった金勘定かねかんじょうの系統の仕事に就こうと思っていたからな』

『ふーん。それで経済学部の学校ね』


『本当は将来的にその時に学んだことを生かして、奏のサポートをしたかったんだけなんだけどな』

『…………』


『俺と奏は卒業式以降も頻繁に連絡を取り合っていた。たまに食事にも行って……元気そうだった。だから、死ぬなんて……思いもしないだろ? 普通』


 そう『奏が死んだ』という事を知ったのは、テレビでやっていたニュースを見ていた光からの連絡だった。


 当時、大学に通っていた俺は、慌てて色々な人に連絡をとったり、パソコンなどで検索したのを覚えている。


『奏が大学在学中に会社を作った事は知っていたし、あのゲームをバージョンアップして、ゆくゆくはどこかのイベントに出そうと準備中だったのも知っていた。コレからだ……なんて話をして、まだ一週間くらいしか経っていないんだぞ』


 そういった経緯を知っていたこそ、このニュースには本当に驚かされた。


『……そっか。じゃあ、君は』

『ああ。俺が大学を中退して、探偵を始めたのは……どうしても、奏の事件について知りたかったからだ』


 ちなみに、この一件はすぐに犯人が逮捕された。


 だが、この一件についてたとえニュースでこの事が扱われたとしても、そこまで詳しい話は出ない。


 ただの友人だった、俺はこの事件で奏の身に何が起きたのか知りたくて、大学を中退してまでして『探偵』になったのだ。


『それで……分かったの? 事件の真相』

『ん? あっ、ああ。まぁ……な』


 一瞬。ほんの一瞬だけ、何やら寒気を感じた。


 いや、今のは『寒気』というより『冷めた目』という表現の方が正しいのだろうか。どちらにしても、今の俺は画面越しなのにも関わらず、一瞬身震いを感じた。


『そっか。そうなんだ』

『なっ、なんだ? どうした』


 そう言っている少年は、何が面白いのか……いや、むしろ『何も面白い』とは思っていないのだろう。


 その証拠に、少年の目元は笑っているのに、その表情は『笑っている』という感じが全くしない。


『ところでさ。翼君がここに来たのって、お父さんに言われて来たんだよね?』

『……ああ』


『本当にそれだけ?』

『……』


 少年の目は確実に俺に対して『探り』を入れてきている。


 いや、この掲示板を見てしまった後の今がむしろ、コレについて聞く絶好のタイミングなのではないろうか。


『たっ、確かに、あの人からこのゲームのメンテナンスについて頼まれた。だが、俺としては……いや、探偵としてコレについて聞きたい事があったのも事実だ』

『ふーん。まぁ、僕が声をかける前にコレの存在には気が付いていたみたいだもんね。それに、別にコレが無くても、いつかはここに来るつもりだったんだよね?』


 この口ぶり――。


 どうやら、俺が境さんと一緒にパソコンを使ってログインをしようとしていた事を知っているかの様だ。


『……知っていたんだな』

『まぁね。ほら、僕って……言ってしまえば、プログラムの一つみたいなモノじゃん? だからさ――』


『まっ、まさか……』

『――色々なところに入り込むのって得意なんだよね』


 少年はそう言ってニヤリと笑った。


『…………』


 その表情は、幼い子が『何かを企んでいる』なんて、優しいモノではなく、もっとこう……大人が『良くない事を企んでいる』時のモノに似ている。


 俺は、この表情をここ最近見た。


 それは、この間。友人と名乗っているある人をおとしめるために残したDVDに映っていた女性の表情を彷彿ほうふつとさせた。


 しかし、それはつまりこのゲームをしている人たちを通してであれば、その人たちが使っているモノを通して色々な情報を得る事が出来ると言っている様に聞こえた。


『……ちょっと場所を変えようか。翼君にしても、出来れば手短に終わらせたいでしょ? だって、今日は弟君の手術日だもんね』

『なっ!』


 俺は、その少年の一言に驚愕した。


 なぜなら、俺がその事を関して誰かに言っていなかったはずなのだ。それなのに、なぜこの少年がそれを知っているのだろうか。


『ふふふ、驚いているね。でも、とりあえずパソコンとかそういった電子機器に入り込む事が出来れば、情報を知るのなんて、僕からしてみれば、相手の気持ちを察して話すよりも容易いよ』


 そう言いながら振り返った少年は、驚いて固まっている俺に、さっきとは違う穏やかな笑顔で答えた。

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