episode.8過去

第65話


 俺が思わずその名前を言うと、そのキャラクターは『へぇ?』と言って、なぜかニヤリと口元だけ笑って見せた。


「…………」


 しかし、俺は奏の名前を口に出した瞬間に「おかしい」と思った。


 なぜなら、このゲームに奏……いや『ある特定の人物』に似たキャラクターは存在していないはずだ。


 それは、このゲームの大体のキャラクターデザインをしている光からも聞いているし、あの人からもそんな話は聞いた事がない。


 確かに、このゲームでは基本的な操作は自分の分身とも言える『アバター』が行い。そのアバターは自分好みにカスタマイズ出来る。


 だから、意図せず偶然『パッと見て、誰かにそっくりな見た目』になってしまう事はあるかも知れない。


 それでも、画面に表示されて『現実世界にいる人間と見間違える』というほどの完成度になる事はそうそうないはずだ。


 それこそ『生き写し』とすら言えるほどモノなんて――。


『コレがAIの技術って事か……』


 俺がそう言葉をもらすと、その奏そっくりのキャラクターは、すぐに……。


『なーんだ、やっぱりバレていたんだ』


 そう言って、奏の姿から『本来の姿』になった。


『…………』


 いや、この場合は『元に戻った』という表現の方が正しいのだろうか。


『君は一体、誰だ?』


 そうして俺の前に現れたのは、一人の『少年』だった。


『あはは、そうだよね。翼君は僕の事なんて知らないよね』

『……ん? 待て、なんで君は俺の名前を知っているんだ?』


『え、なんでって? そりゃあ、君の事は奏兄さんから聞いていたよ。色々とね。でも、君が知らないのはむしろ当然なのかも知れないかなぁ』

『……どういう意味だ』


 俺が奏からこのゲームの原型となるモノをプレイした時は、このキャラクターはそもそもいなかったはずだ。


 むしろ、最初に出会ったような『あの幸運のモンスター』がこのゲームについて教えてくれるという段取りだった。


『どういう意味だって? 別に意味なんてないよ。単純な話さ。僕が生まれたのは、西条さいじょうつばさ君。僕は君が奏兄さんと進路が別れて、メールのやり取りだけになった後に……いや、本当は君と出会う前に作られた架空の友人だったんだよ』

『架空の友人?』


『そう。僕という存在が出来上がったのは、君と卒業式で別れた後だったんだけど、僕の……そもそもの原型とも呼べる存在は、もっとずっと前からあったんだ』

『?』


 ――どういう事なのだろうか。


 確かに、奏はその美しすぎる容姿ゆえか俺が知る限り『友人』と呼べる存在はいなかったように思う。


 ただそれは、周りが俺と同じように彼を「近寄りがたい存在」と思って近づかなかっただけに過ぎず、当の本人はそんな事は全然気にしていない。


 むしろ「もっと話しかけてきて欲しい」とか「もっとみんなと仲良くしたい」とすら思っていた。


 しかし、本人はそう思って色々と行動をしても、周りがその様な態度を取ってしまえば、話しかけづらくもなるだろう。


 だからなのか、俺が知っている奏の休み時間は『基本的に教室にいる』か、もしくは『部活動で使っているパソコン教室にいる』かのどちらかしか、その姿を見たことがなかった。


 でも、この部活動をしているおかげか、確かに奏のパソコンの技術は高かったように思う。


 それこそ、高校を卒業するころには、このゲームの原型を作り上げてしまうほどだったのだから。

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