第50話


 お昼も過ぎて、今は夕方――――。


「さて、兄さんから頼まれたんだけど。どうしようかな」


 確かに、兄さんが言っていたとおり。ここにはたくさんの患者さんが来る。その中には当然の様に学生も含まれている。


「うーん」


 僕が今いる二階のところにある三つほど並んでいるこのイスからは、一階のロビーの様子が見渡せる。


 ここは結構景色が良いので、僕はここを『お気に入り』としてたまに座ってみているのだけれど……。


「――とは言っても、僕は高校に行っていないし、そもそも中学も後半はほとんど行っていないに等しいんだよね」


 最近は『通信制』の高校もあるらしいが、それでも何度か登校しないといけない日があるらしい。


 だから、一度は「行ってみようかな?」と考えたが、いつ退院できるか分からない身である僕としては、この『登校日数』というのがなかなか厄介な存在である。


「うーん。何を話題にして話せばいいのやら」


 普通の学生なら『最近話題のモノやアイドルとか俳優の話』とかの話をすれば、そこそこ盛り上がる。


 しかし、今回の相手は『中高一貫の進学校』だ。


 もしも『勉強の話題』になってしまったら、僕には全然分からない。どんどん高度な話になってしまったら、それこそついていなくなってしまう。


「それに、出来れば『一人』で来ている人の方がいいんだよね」


 誰かと一緒に来ていると、その相手とで話をしてしまい、なかなかその輪に入るのは難しい。


「はぁ」


 しかし、こういった病院に『一人で来る』という人は大人でもない限りあまりにない。学生が来る時の大半は親御さんや付き添いの友達が一緒に来ることが多い。


「まぁ。兄さんもそういった事も分かっているから『出来る限りでいい』って言ってくれたんだろうけど」


 それでも、僕としては兄さんの役に立ちたい。


 僕にとって兄さんは昔から『みんなに優しくて、自分で自分の人生を切り開いている人』だ。


 例えるなら、昔に見ていた『特撮のヒーロー』や『スーパーマン』にも匹敵するくらい僕にとってはかっこいい存在だ。


「ん? あれ」


 一瞬だけ昔を振り返っている時、一人の学生が何やら落ち着かない様子で受付の機械の周りをウロチョロしている姿が目に入った。


「うーん。もしかして、受付のやり方が分からないのかな?」


 その学生は「大丈夫? やり方分かる?」と声をかけられても「大丈夫です」とでも言っているのか、なぜか作り笑いを浮かべて大丈夫そうな素振りを見せた。


 そして、今はロビーの周辺をキョロキョロと見渡している。


「…………」


 この位置からでは、あの学生がどうしてここを訪れたのか分からない。


 もしかしたら、入院している人に会いに来たのかも知れないし、診察を受けに来たのかすらも分からない。


 ただ、あの学生が着ている制服は話を聞きたい『中高一貫の進学校』のモノだ。


「よしっ。ちょっと行ってみようかな」


 そう僕は一人で呟くと、近くにあったエレベーターを使ってロービーへと降りた。


「こんにちは。どうかしたの?」


 そして、不安そうに辺りを見渡している学生……いや『少年』をあまり警戒させないように『笑顔』でサラッと声をかけた。

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