第51話


 いつもと変わらぬ昼下がり。いつもであれば自分の病室で何気なくワイドショーを見ている弟が、今日は珍しく二階にあるイスに座っていた。


「どうした?」

「え?」


「いつもなら、この時間帯は自分の病室にいるだろ」

「ああ。うん、ちょっとね」


 俺の実の弟である『光』は、たまにこうして物思いにふける事がある。


 でも、それを「どうしてか」という理由を説明してくれた事はない。ただ、本人曰く「こうしていると、なんだか落ち着く」のだそうだ。


 俺からしてみると、それはまるで「自分も、生活している一人の人間だという事」を確認しているかの様にも見えてしまう。


 やはりずっと病室にいると、どうしてもこうした『世間』に触れたくなってしまうのだろうか。


「ごめん。じゃあ……」

「別にここで話をしていても構わないぞ」


「え、いいの?」

「ここが落ち着くのなら、それでいい」


 そう言うと「そっか」と言って、どことなく安堵の表情を見せた。


「それで、話は聞けたのか?」

「ああ、うん。ちょっとだけだけど」


「そうか」

「うん」


 何となくいつもと違う雰囲気だと思っていたが、どうやらその人と話をして光自身も何か考える事があったのだろう。


「僕と少しだけ話をしたその人は、入院しているお友達のお見舞いに来ていたんだ」

「ああ」


「そのお友達が入院した理由が……ね」

「……そうか。いや、無理に話さなくていい。理由はなんとなく分かる」


 光はその理由を名言しなかったが、俺はその理由はおおよそ想像が出来た。


「話は聞いたけど、正直。僕には全くと言って良いほど分からない世界の話だったよ。勉強が全てで、それ以外は全く意味を成さない世界って感じが……さ」

「そうか、奇遇だな。俺も同じ感想だ」


 神無月さんから聞いた『あの学校に伝わる悪しき習慣』とは『勉強の出来ない生徒をいじめる』というモノだった。


「え? 兄さんもこの話を聞いたの?」

「ああ、なんでも神無月さんがあの学校の卒業生だったらしい」


「ああ、そっか。それで」

「ああ」


「……その人は、かなり悔やんでいたよ。そして、こうしてお見舞いに来ているのを誰かに見られていないかって事もかなり気にしていた」

「なるほどな」


 仮に例を挙げるなら、友達がいじめられていたとして大体はこうした場合『助ける人』と『助けずに見て見ぬフリをする人』と対応の仕方が分かれるだろう。


 ただ頭では「助けるべき」と思っていても、大体の人は『見て見ぬフリ』をしてしまうのではないだろうか。


 そして、そうしてしまうのは大体「助けた事によって、今度は自分に矛先が向くんじゃないか」という『報復』を恐れての事だろう。


 でも、そのいじめられていた人に『何か』非常事態が起きれば、気になってしまうのが人間だ。


「後悔するなら……って思っちゃうけど、そんな簡単な話でもないんだよね」

「そう……だな。神無月さんから少し聞いた話だと、これはずっと昔から続いているようだしな」


 神無月さんが言うには「いじめをするのは、生徒だけじゃなく教師も含まれている」というのだ。


 本来であれば、この『いじめ』を止める側であるはずの教師まで加担しているのだから、救いようがない話である。


「その人がどういった経緯で入院しているかは知らないが、神無月さんが言うには標的にされるのは成績の悪い人間らしい」


 神無月さんは『とにかく自分の事で必死で、そんな事が起きていても気を回す余裕はありませんでした』と言って、今も後悔している様だった。


 そして、この時に何人か別学校に転校してしまう生徒もおり、神無月さん自身のクラスから転校してしまった生徒がいた……とも言っていた。


 ――多分、その人たちは『繰り返される毎日』に耐えられなかったのだろう。


「うん、僕もそう話に聞いているよ。ただ、殴ったり蹴ったりとかそういった物理的な事はしないとも聞いているけど」

「らしいな。そうなると、精神的に……か。それはそれでイヤだけどな」


 さすがに具体的に「どうした」とかそういった事は分からない。


 だが、境さんの話を思い出す限り、泉美さんはこの『いじめの標的』にされた可能性は非常に高い。


 要領が悪く、人よりも結果を出すのに時間がかかり、自分の力量ギリギリの学校に運良く……無理矢理行ったのであれば、容易に想像が出来た。


「そうなると、後は……」


 コレで「彼女が殺したい」という『動機』は分かった。


 ただ。いや、一番の問題は『どうやってあの一件を引き起こした』のかという『方法』が、まだ分からずにいた。


 いくら『頭がいい』とは言っても、所詮中学生だ。


 そんな中学生があのような事故に見せかけた事件を一人で引き起こせるとは、到底思えない。


「さて、どうしたものか」


 そう考え込んでいると――。


「兄さん」

「ん? どうした、光」


 光の呼びかけで我に返ると、光は俺のポケットを軽く指した。


「電話、鳴っているよ」

「ん、ああ。悪い」


 そうしてポケットから取り出し、画面を見ると、そこには『境さん』の名前が表示されていた。


「あ……と」

「どうしたの?」


「わっ、悪い。今日はもうそろそろ行かないと」

「うん、分かった。僕の方も話したい事は一通り話したから」


 俺が「悪いな」というニュアンスで言うと、光も「依頼人からでしょ? 早く行きなよ」と言わんばかりに笑顔で俺を送り出してくれたのだった。

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