第49話
「あれ?」
「あ……」
――神無月さんには内密に……。
なんて、大体『この人には内緒』とか『秘密』とか言っている時に限って、その『相手』と鉢合わせになりやすい傾向にある。
それは決して、元々運が悪いと自覚のある境さんに限った話ではなく、どうやら俺の様な『普通の人』にも見られる傾向のようだ。
「どうされたのですか? こんなところで」
「あっ……と」
神無月さんの服装を見る限り、どうやら今日は神無月さんが非番のようだ。
「お仕事ですか?」
「あっ、ああ。そんなところだ」
「――そうですか。今回の依頼はこの学校ですか」
そう言って神無月さんはどこか懐かしそうにその校舎を見上げた。
「…………」
今日俺は、実は境さんの妹さんが通っていた学校を訪れていた。
しかし、正確には『学校を訪れていた』というよりは『外から校舎を眺めていた』だけなのだが――。
「何か思い入れでもあるのか?」
「え」
「いっ、いや。何となくそうなのかなと思ってな」
「思い入れですか。思い出……特にはありませんね」
「そうなのか? というか、神無月さんはどうしてこんなところにいるんだ?」
「どうしてと聞かれると、そうですね。ここは僕の母校ですから。少し昔が懐かしく感じたからでしょうか」
「そっ、そうだったのか」
「ええ。でも、一番の理由は違うのですが」
そう言うと、神無月さんはなぜかクスクスと笑っていた。
「理由?」
「ええ。実は、ここ最近。境さんの行動に少し違和感を覚えまして」
「え」
俺の反応を見ながら神無月さんはさらに笑ったのだった――。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あの、さっきの話だが」
「はい?」
「境さんに違和感を覚えた……って言っていたが」
「ああ」
さすがにあの場に留まったままでいると不審者と思われかねないので、俺たちは場所を近くの喫茶店に移した。
「大丈夫ですよ。僕は気になりましたが、普通の人はそんな違和感すら感じていなかったと思います。境さんはそもそも『変わっている方』ですから」
「いっ、いや。そうじゃなくて、その……だな」
確かに、周りの人に勘づかれるのは困る。しかし、そもそも神無月さんにも勘づかれるのは困るのだが。
「分かっていますよ。僕も境さんと同じ立場だったら、もしかしたらそうしていたかも知れません。一人っ子ですが」
「その口ぶりから察すると、大体の事情は知っているワケか」
「普通の人は適当な事を言えば誤魔化せるでしょうが、僕にそれは通用しませんよ」
「そっ、そうか」
元々は性格が全く違う二人だが、なんだかんだ二人で行動をする内に、何となく分かるようになってきたのだろう。
それを聞くと、少し微笑ましく感じた。
「しかし、あの事件から時間が経ってはいますが、まだ修繕は終わっていない様ですね」
「ああ。――その様だな」
さっき見て来た学校にある事件現場である『理科室』があったであろう場所は、大きなブルーシートで覆われていた。
「そういえば、何か情報は得られましたか?」
「いや、それはまだ」
「そうですか。それは困りましたね」
「ああ」
光に依頼の協力を頼んでまだ一週間くらいしか経っていない。
ただ自分で調べ始めて分かったのは、この学校を志望したのは『妹さん自身だった』という事ぐらいだ。
そういえば、境さんは『最低限の条件』である『公務員』という事をクリアしつつ、ワザと都会ではない場所を選んだと、境さん本人から聞いていた。
つまり、境さんの家はここではないところにある。
そのことを踏まえて考えると、妹さんがその家から離れて一人で暮らしてあの学校に通っている事には少し違和感が残る。
それこそ、選択肢の多い都会を選べばいいはずなのだ。
それなのに、彼女はこの学校を選んだ。自分の力量では苦しくなるのが分かっていたのにも関わらず――。
しかし、その事を考えると、ひょっとしたら妹さんは『少しでもお兄さんである境さんの近いところにいたかったのか?』という風に思えた。
「そういえば、境さんから聞きましたか? あの学校の悪しき習慣を」
神無月さんは一口飲んだコーヒーカップを置くと、そう切り出した。
「ん? いっ、いや?」
「そうですか」
「ああ。でも、そういえば『なぜか毎年のようにいじめに関する相談がある』っていう話は聞いたな」
「なるほど。では、どうしてその様な事が起きるか分かりますか?」
「どっ、どうして……って言われてもな」
改まって聞かれても正直困る。
俺が学生の頃はそんな事に気が向いていなかったし、そもそも適当に学生生活を送っていた俺にとって、全然分からない世界の話にすら聞こえる。
「基本的にいじめの標的になるのは『弱い人間』です。それこそ、いじめられても抵抗しないような。そして、あの学校でのその『弱い人間』というのは……」
「ちょっ、ちょっと待て。じゃあ……」
「僕はその可能性は高いと思っています。何せその習慣は僕が学生の頃からありましたから」
「…………」
「ただ、ここ二年ほど相談がなかったのでなくなったモノだと思っていましたが」
しかし、そんな神無月さんの予想とは裏腹にこの事故が起きた。
そして、神無月さんから『その悪しき習慣』について聞かされた俺は、すぐにこの一件が『ただの事故ではない』と感じていた。
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