第48話


「それで?」

「ええっと、だな」


「僕に何か頼みたい事があるから来たんじゃないの?」

「あっ、ああ」


 今回の件に『警察の協力』は期待出来ない。境さん自身でも少しはどうにか調べるとは言っていたが、それでもあまりおおっぴらに調べる事は出来ないだろう。


 だからこそ、光の協力は必要である。


「じっ、実は新しい依頼が来たんだが」

「うん」


「今回、実は少し光にも協力をして欲しいと思ってな」

「ん? 協力?」


「ああ。あっ、そうは言ってもそんな『張り込み』とか、そんな危険な事をして欲しいワケじゃない。ただ、少し『話』をして欲しい」

「話……?」


 光は俺の話を聞きながら不思議そうに首をかしげている。


「例えるなら、この間の愛染さんの時みたいな感じでちょっと話をしてきて欲しいと思ってな」

「ああ! なるほど」


 愛染さんを例に挙げると、光はようやく俺が言っている事に気付いたのか、両手を軽くポンと叩いた。


「じゃあ、僕は兄さんが指定する人と普通に話をしてくればいいんだね?」

「簡単に言うと、そうだな」


 愛染さんの時は光が「どうしたんだろう?」と心配になって声をかけた。


 ただ今回は同じく『自発的』ではあるものの、下手をすれば『不審者』と捕らえられかねない。


 光はその事が心配しているのだろう。そりゃあ、誰だって「変な人」とは思われたくはない。


「それなら、まぁ。なんとかなる……のかな」

「大丈夫だろ。多分」


「多分……って」

「それに『この人』っていう程範囲が狭いワケじゃない。話をしてきて欲しいのは『この学校の生徒』だ」


「学校?」

「ああ」


 そう言って俺は『境さんの妹さんが通っていた学校の制服』を見せた。


「ああ、この学校。ふーん。つまり、僕はその学校の人と世間話をすればいいんだね?」

「ああ、頼む」


 ここ病院は、この周辺ではかなり大きい部類に入り、境さんの妹さんが通っていた学校の生徒の制服を何度か目にしている。


「まぁ、上手くいくかどうかはさすがに分からないよ? あんまり期待しないでよ?」

「ああ、俺も俺で色々と調べるつもりだ。上手くいけば御の字だと思っているから、そこまで頑張らなくていい。出来る範囲で構わない」


 俺がそう言うと、光は少し拗ねた様子で「いや、ちゃんと頼まれたんだから、もちろん出来る限り頑張るけどさ」と呟いた。


「あっ、そうだ。ずっと思っていたんだけどさ」

「ん?」


「いや、そういえばなんで兄さんは境さんと神無月さんを名前で呼ばないのかなって思ってさ」


「ん? ああ。境さんの名前が『美月みづき』だからだな」

「みづき……って、え? 境さんと神無月さんの名前って同じなの?」


「いや、神無月さんの名前は『す』に濁点を付けた『みずき』だが、境さんの場合は『つ』に濁点をつけた『みづき』だ」

「なっ、なるほど」


「書く分には何も困らないが、話をする場合はこの違いが難しくてな。多少のイントネーションの差がなかなか聞き取りづらい。それに、そもそも名前で呼ぶ予定もないから特に問題はないがな」


 俺自身二人を名前で呼ぶつもりはないが、そもそも境さん自身「女っぽい自分の名前」にはちょっとした抵抗があるらしい。


 どうやら学生時代に名前で相当からかわれて軽く『トラウマ』になってしまったらしい。


 でもまぁ確かに、本人を見ずに『名前の字』だけ見れば女性と思われる可能性は高いだろう。


「ふーん。それで? 今回の依頼はこの境さんからで、確か亡くなった妹さんの名前は……」

「ああ、泉美いずみさんって名前だったらしい」


 そう言って俺は、目の前にあった紙に神無月さんと境さん兄妹きょうだいの名前を書いた。


「へぇ、二人とも『美しい』って入っているんだ」

「なんでも境さんのお母様の名前に入っているらしくてな。お父様がどうしても使いたかったそうだ。名字はお父様だからと言ってな」


「ふーん、そっか。なんか……いいね。それ」

「ああ、そうだな」


 そんな両親の思いを受けて育つはずだった境さんたちが、まさかこんな事になっているとは、多分。ご両親は思ってもいなかったのではないだろう。


 それにしても、境さんの妹さんの『泉美さん』は何を思ってあのメッセージと指輪を境さんに遺したのだろうか。


 しかし、あの一件は本当に『事故』だったのだろうか。


 色々な考えが頭を巡る中。この時の俺は何となく今回の依頼を解決した暁には「何か大きな進展があるんじゃないか」と、そう思わずにはいられなかった。

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