第45話


「それより、ふと思ったんだが……」

「ん?」


「境さんは、その学校は行っていなかったんだな」

「ん? 意外か?」


「いや? さっきの話を聞いた限り、行こうと思えば行けたんじゃないかと思っただけだ。別に勉強する必要がなかったのなら、なおさらな」

「ああ。そもそも俺はそういった事に興味がなかったっていうのが一番の理由だな」


「……そうか。まぁ、興味がないのに無理に行く必要はないな」

「ああ、ただ。俺が行かなかったが為に、妹には負担をかけさせてしまった」


 境さんはそう言って目を伏せてしまったが、多分。境さんがこの学校に行っていたとしても『結果』は変わらなかっただろう。


 むしろ『行かなかった』方が良かったのかも知れない。


 もし仮に境さんが行っていたとしたら、その人たちに「お兄さんは行ったのに……」なんて言われていただろうから。


「それにしても、この指輪……なぁ」

「見覚えがあるのか?」


 妹の形見でもあるこの『指輪』に関係のある話だと分かると、境さんは食いつくようにズイッと前に乗り出してきた。


「あっ、ああ。ここ最近何度か見た事がある」

「そうか」


「だが、材質は同じようだが色が全部違って……流行なのか?」

「いや、俺もよく分からない。市販品だと思って色々とネットで見たが、特に犯罪もされていなければ、ましてや転売されているような形跡もない」


「そうなると、一点物か?」

「それも分からない。だが、このメッセージと指輪には何か意味があるんじゃないか……とは思っている」


 つまり、それ以外はまだ何も分かっていないという事なのだろう。


「まぁ、俺もこの『指輪』については気になるところがあるが、その前に境さんの依頼の方が先決だな」

「……悪い。無理を言って」


「気にするな。俺もこの一件は気になっているし、それに関しては『協力者』に頼むつもりだ」

「そっ、そうか。俺の方でも少し調べてみる」


「ああ、分かった。ところで、いいのか? 神無月さんに言っておかなくて」

「ん? ああ」


 前回のDVDの件の事を考えると、神無月さんには一言くらい言っておいた方が良いような気がした。


 さすがに、あの『怖い神無月さん』のカムバックは……イヤすぎる。


「今回の件は一度『事故』という形で解決している。それに対してあくまで俺の私情での『再調査』だしな。こんな事に神無月を巻き込むのも気が引ける」

「おっ、おう」


 確かに、俺は探偵だ。依頼があれば、よっぽどの事がなければ引き受ける。だからこそ、境さんは俺を頼ったのだろう。


「…………」


 しかし、境さんは「神無月を巻き込むのも気が引ける」と言っている。


 だが、こうして逆に『何も言わずに隠す』という方が、後々面倒になりそうな気がしたのは……俺だけだろうか。


 そりゃあ、今回の依頼は完全に境さんの個人的事情ではあるが――。


「まぁ、バレたら今度はちゃんと自分で説明してくれよ? 俺はあくまで依頼を受けただけなんだからな」

「ああ。分かっている」


「……本当だろうな」


 今の「分かった」という言葉と一緒に笑った顔を見て、俺は思わず疑心暗鬼になってしまった。


「ああ。それに、西条君はあくまで俺の依頼を引き受けただけ。つまり、仕事を引き受けてなおかつ『出来る限り内密に』という依頼人の希望を受けただけに過ぎない。それに対してはさすがに神無月も何も言えないはずだ」

「そっ、それならいいが」


 そこまで言われてしまっては、俺としても特に言う事はない。確かに、境さんの言うとおり「俺はあくまで依頼人の希望を受けただけ」という事ではあるからだ。


「しかし――――」

「ん?」


「いや。ずっと疑問に思っていたんだが、神無月さんはどうして境さんになんだかんだ言いつつ一緒にいるのだろうと思ってな」

「ああ」


「そりゃあ、二人一組で行動しないといけないという決まりみたいなモノはあるのだろうが」

「まぁ、あいつとは一度ぶつかった時に色々と話をしたからな」


「話?」

「ああ……。そうだ、ついでにちょっとした昔話を聞いてくれないか?」


 何かを思い出したように、境さんはポンと軽くてを両手を叩いた。


「そんなに時間は取らせない」

「……分かった。聞こう」


「ははは、ありがとう」

「気にするな。ひょっとしたら、その会話から何か情報が得られるかも知れないしな」


 境さんは「じゃあ」と言うと、ゆったりと椅子の背もたれに体を預け、ポツリポツリと『昔話』と称して『自分の過去』を話し始めた。

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