第44話
「――なるほどな。分かった」
「引き受けてくれるのか?」
「依頼の内容自体に問題はない。だが、コレってつまり、言ってしまえば『事故の再調査』って事だろ?」
「ああ」
「でも、いいのか? 俺がこんな事を言うのも変な話だが、再調査をしてもしも新しい事実が分かろうものなら、それこそ警察の面目丸つぶれにならないか?」
「……それならそれで仕方ない。色々ととやかく言うヤツはいると思うけどな」
「俺としては、そうやってとやかく言われるのがイヤなんだが?」
「ははは」
「いや、笑い事じゃないんだが?」
「悪い悪い。でも、そもそも事実を知りたいと言ったのは俺だ。それに、俺も『あの一件』をただの『事故』だとは思ってない」
「そうなのか? そういう話でも出ていたのか?」
「いや、あくまで俺がそう思っているだけだ。正直、俺はあの事件の詳しい事は知らない。俺はただの交番勤務のお巡りだからな」
確かに、警察官である境さんの方が俺よりはこういった『事件』や『事件』の話は近くの立ち位置にはいる。
だが、同じ警察官であっても刑事と交番勤務のお巡りさんとではそもそも『仕事内容が違う』という話である。
「はぁ、とりあえずその学校の調査からだな」
「そうだろうな」
「簡単に言っているが、コレも大変なんだぞ」
「分かっているさ」
一回結論が出てしまっている件を調べ直すというのは、結構骨が折れる作業である。この一件を学校側は早く忘れたいだろうし、それは生徒も同じ気持ちだろう。
ただ、それは『事実をなかった事にしたい』というワケではなく『早く思い出として前を向きたい』という意味である。
しかし、そんな中でもう一度この話を聞こうというのだ。そりゃあ、気も滅入る。
「それにしても、この妹さんが通っていた中学校って、ここら辺じゃ有名な中高一貫の進学校だったんだな」
そう、妹さんが通っていたのは、この周辺では知らない人はいない程の有名進学校で、その後の進路もほとんどの人が有名大学に進学する。
つまり、この学校に受かったら、それだけで『ほぼ将来の成功は約束されている』と言っても過言ではないほどだ。
「ああ。どうやら、俺がやりたい放題してしまった結果。妹にはあの家からの相当な『期待』という名の付加がかかってしまったみたいだ」
「具体的に言うと、どういったところがだ?」
「俺は『最低限の条件』として公務員になったが、それでも『地方』だ。ただ家の連中が望んだのはあくまで『国家』だ。その期待が全て妹に向かったんじゃないか……と俺は思っている」
だからこそ、後悔しきれないところがあると境さんは言う。
「こう言うのはあれだが、妹は昔から……その『要領が悪く』てな。人一倍努力はしても、その結果が出るのにはかなり時間がかかる傾向にある」
「ふむ」
「ただ、俺は自分で言うのもあれだが『要領はいい方』だと思う。それこそ、学校の授業を聞いてさえすれば、学校のテストだけじゃなく模試だって全国の上位に入れるくらいだった。それこそ、ほとんど自分で勉強をしなくても」
「はぁー、すごいな。それは」
――確かに、境さんは『器用』だ。
俺も学生時代はそこそこ適当に過ごしていたが、それでもテスト前などは勉強しないとダメだった。そんな俺からすれば、境さんの話は正直「羨ましい」の一言に尽きてしまう。
それにしても、要領がいい兄と要領があまりよくない妹……か。
「俺に向けた期待以上のモノを向けられた妹は、たくさん努力しただろうと言う事は簡単に分かる。あの人たちは『期待以上の成果』を求めすぎるあまり。結果的にその人をつぶす」
悲しいかな。こういった期待をしている本人たちは悲しい事にその重さに気が付かない。ただ、それを受ける側にとっては――それは、ただの重荷にしかならない。
彼女もそれに押しつぶされた……という事なのだろうか。
「俺が妹があの学校に通っているのを見た時思ったのは、当然本人の努力もあったと思うが、それ以上に多分『運が良かった』というのもあると思っている」
「…………」
「妹が亡くなって、初めて妹の部屋を訪れた時。壁や天井に貼られた『何とかの法則』とか『暗記方法のメモ』とか見てそう思った。妹は、毎日毎日勉強勉強で苦しんでいたっていう事をな」
「そうなのか?」
「ああ。たとえ学校に受かったとしても、そこから毎日の授業が始まって当然の様にテストがある。その結果が出る度に、妹は自分を責めていたんじゃないか……って、その部屋を見て思った」
それを聞いた瞬間。努力をしてもなかなか結果が出せない妹さんの苦悩している姿が、見えた気がした。
「…………」
そして、それが境さんの後悔だという事も……。
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