第43話


「コレをどこで?」

「……さっき話した事なんだけど、西条君が言った『入れるか入れないべきか悩んでいる一件』とは『あの理科室爆発事故』の事じゃないかと思ってさ」


 そう尋ねられ、俺は思わず「ああ」と答えていた。


 ただ、それは決して「答えを強制させられた」というワケではなく、どちらかというと「同じように考えている人がいた」という事に対しての『喜び』にも似た感情からだった。


「なるほど。やっぱり、その一件が引っかかっているんだ」

「あっ、ああ。当然、鑑識とか関係者の話とか色々と事故の解明もされてはいるとは思うが、どうしても……な」


 あの一件は『事故』という事で決着がついている。それなのにも関わらず、俺としてはどうしても腑に落ちない部分があった。


 しかし、この『腑に落ちない部分』というのが、例えば「具体的にどこが?」と聞かれても、俺は「何となく」としか答えられない。


 ――だからこそ、明言せず黙っていたのだ。


「……前に、俺には妹がいるって話をしたよな?」

「ああ、そういえば言っていたな。俺としては、逆に兄とか姉とか……上がいる印象があったんだがな?」


「ははは。まぁ、これだけ好き勝手に自由にやりたい放題やっていれば、そう思われても仕方ないか」

「なんだ、自覚あったんだったんだな」


「そりゃあ、多少は。でも、それだけやっても止めてくれる、フォローしてくれる『相手』がいなければ、ここまで出来ていない。だから、やらせてくれている事に感謝している」

「……そうか」


 ――本当に珍しい。


 こんな話を境さんとしているというのもそうだが、境さんがこういった事を言うのも珍しい。


「それで? どうしてこんな話を?」


 俺は『ここに来た用件について』の話をしていたはずだったのだが、いつの間にか話題が変わっていた事に気が付き、急いで軌道修正をした。


「ん? ああ、そうだよな」


 境さんもその事に気が付いた様なリアクションをした。


「実は……さ。あの『爆発事故』で、俺の妹が亡くなったんだ」

「そうだったのか」


 それで、この間妹さんの話が出た時、さっさと話題を切り上げたのか。


「って、ちょっと待て。妹さんとそんなに年が離れているのか?」


「ん? ああ。俺と妹は一回りほど年が離れている。それこそ、俺が警察学校に行っていた頃、あいつはまだ小学生になったばかりだった……はずだ」

「俺としては、妹がいたという事実よりも、そんなに年が離れている事に驚きを隠せないんだが?」


「ははは。まぁ、俺も話を聞いた時は驚いた。確かに、妊娠した事実は知っていたが、それでも生まれるまでは信じられなかったからな」

「…………」


 それくらい、境さんにとっては『驚き』だったのだろう。


「ただ、妹とは小さい頃はよく遊んだが、ここ最近はそもそも姿すら見ていなかったんだ」

「そうなのか?」


「ああ。多分、俺が『長男』という立場でありながら、大学を中退して警察官になったり、他にも自分の好き勝手に色々と行動したりしたせいで、あの家が妹から俺を意図的に遠ざけたのが原因だとは思うが」

「ん? でも、境さんは『一応』家の言う事には従ったんじゃなかったか?」


「……それはあくまで『最低限の条件』だ。あの家にとっては、あくまで『最低限』であって、本来ならもっと色々と縛るつもりだったんだろうけどな」

「まさか、無視したのか?」


 俺がそう言うと、境さんは当たり前の様に「ああ」と頷いた。


「まぁ、その程度しか守らない俺に対して、妹と会う資格はないって事だったんだろ」

「いや、それにしたって……だろ」


「そもそも妹があの学校に通っていた事自体知ったのはつい最近、偶然あの学校の周辺を通った時の話だ」

「そっ、そうか。なんか、大変だな」


「それは西条君も変わらないと思うけどな?」

「それに関してはノーコメントで」


 生まれ育った環境や親によって『変わる事』は多々ある。


 だから、その人にその人で抱えている『悩み』や『モノ』は違う。その人にとっては『大事』な事でも、他の人から見ればそれほどでもない。


 それは、この職業をしているとよく分かる。


 だからこそ、その事に対して深くは入り込まないし、出来る限り入り込まないようにする。


 その代わり、俺に対しても深くは追求しない……というスタンスでいる。


 まぁ、大体こういったところに相談や依頼に来る人は、自分の事で手が一杯で、俺の事なんて気にしている余裕すらないのだが。


「妹が亡くなったのを知った時は、悲しかったな。正直、あいつにはほとんど俺に関する残っていないから、何も感じないと思っていたんだが」

「…………」


 そう淡々と話す境さんの表情からは、その時の感情は読み取れない。ただ言えるのは、境さんの感情は境さんのモノであるという事だ。


 それがたとえ、傍目から見て「全然悲しんでいるように見えない」と思われても、言われても、境さんが「悲しい」と思えばそれは「悲しい」なのだ。


「そんな悲しみの中からまだ抜け出せていない時、妹の名前で俺宛にこの指輪と手紙が封筒に入れられて送られてきた」

「手紙?」


「ああ」

「その内容は覚えているか?」


「いや、覚えているも何も……」

「?」


 境さんが言うには、その手紙……というにはあまりにも短く「ごめんなさい」と言葉だけ書かれていたらしい。


「なるほど。何かを長々と書いてあるワケでもなく、その一言だけか」

「ああ。ただ俺は、どうしてもこの言葉が気になった」


 下手に色々と書かれているよりも、たった『一言』というだけの方が伝わりやすくインパクトがある。


「コレを見た瞬間。もしかしたら、妹は『何か』を俺に知らせたいんじゃないかと思って……な」

「なるほど。つまり、俺に頼みたい事というのは――それについてか」


 俺が境さんが言った言葉をつなげて問いかけると、境さんは「ああ」と低い声で呟き、頷いた。

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