episode5.後悔

第42話


 事務所の鍵を開けている間も、境さんは無言のままでずっと下を向いていた。


「…………」


 ただ、俺としてはこの『境さんが無言のまま下を向いている』という状況自体に違和感を感じていた。


 しかし。実はここ最近ずっとそうだった。


 でも、以前に愛染あいぜんさんから聞いた話で、境さんが『殺人級の回し蹴りをして犯人を逮捕した』という対応方法を聞いて、少し安心していた。


 それこそ『なんだ、いつもと変わらない。俺ここ最近感じていた違和感は杞憂きゆうだったか』とすら思ったほどである。


 俺の知る境さんはいつもそんな感じで、この間の様な『パソコンで神無月さん激怒』なんて事も、よくある日常の風景……日常茶飯事だった。


 ――それがどうだろう。


 今の境さんはたまにヒョコッと自分勝手な部分が顔を出すが、あまり『自分勝手』な部分は見えない。


 それこそ、今の境さんを初めて見る人は「そんな事をする人には見えない……」とすら思わせてしまう。


 元々、境さんの見た目は神無月さん程ではないモノのそれほど悪くなく、黙っていれば『賢そう』で『大人しそうな人』なのである。


 正直な話。俺も最初は、そう思っていたくらいなのだから。みんなそう思っても仕方がないとは思う。


 ――実際は、中身がかなり破天荒な人だったが。


 しかし、そんな境さんが「俺だからこそ頼みたい事」と言うのだから、それなりの理由があるのだろう。


「…………」


 それこそ、ここ最近の……いや、今も『大人しくなっている理由』が分かる程の事ではないかと、さっきの話で思っていた。


「と、電気はどこだ?」


 事務所に入ると、俺はすぐに手探りで照明のスイッチを探し、つけた。


「…………」


 俺はどうすればいいのか分からず、辺りをキョロキョロと見渡している境さんに対し「適当にかけて待っていてくれ」と言って、飲み物を準備した。


「それで?」


 そう言いながら飲み物を手に戻ると、境さんは借りてきた猫のように体を小さくして座っていた。


「話ってなんだ? 頼み事だという事は分かったが」

「あっ、ああ」


「その……西条君は、ここ最近事件やそれこそ事故も多いと思うか?」

「ん? ああ、例年と比べると多いとは思うが」


「じゃあ、その『最初』の……きっかけはなんだと思う?」

「きっかけ? あー」


 そう改まって聞かれると、正直悩む。


「…………」


 確かに『事件』と言えば、それこそ『ホテル女子高生殺人事件』が上げられるだろうし、この周辺に住んでいる人なら、まず最初にその事件を上げるだろう。


 ただ、俺としてはそれよりも前にあった『理科室爆発事故』が、どうしても引っかかっている。


「どうした?」

「いや、そう改まって聞かれるとな」


「……なぜそう思う?」

「なぜ? って改まって聞かれると、返答に困るんだが」


「参考までに聞きたいと思ってさ」

「うーん。ああ、そうだな。実はその一件自体は『解決』はしているのに、終わっているのに、どうしても引っかかりが……な」


 最初から境さんが用件である『頼み事』について話してくれるとは思っていない。それこそ取り繕って「あからさまに誤魔化そうとするのではないか」とすら思っていた。


 だが、話をしていく内にどうやら境さんには境さんの考えがあるように思えたので、俺は境さんに話を合わせる事にした。


「そっか」

「ああ。それを入れるか入れないかで、俺の答えは変わる。だが、その判断は難しいな」


 そして、話がちょうど一区切りついたところで、俺はもう一度境さんに「それで、用件は?」と聞き直した。


「いや、用件というか、そう。用件に直接的に関係があるかは分からないが、まずコレを見て欲しいと思って……」

「?」


 すると、境さんは何やら言いにくそうに手に握った『あるモノ』を俺の前に差し出した。


「おい、コレ」


 握られた手が開かれた瞬間出て来た『あるモノ』に、俺は思わず反応を示した。


「西条君は『コレ』を見た事があるか?」

「…………」


 見た事があるどころではない。それこそ、俺がここ最近よく目にして、その度に印象に残っているモノだ。


 ――境さんが俺の前で見せたモノ。それは一つの『指輪』だった。

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