第40話


「そういえば、この間の俳優の事件……いや、事故ってさ」

「ん?」


「結局、解決していたんだね」

「ああ、あれな」


 この間の『ストーカー事件』の被害者で、海和さんの兄である永一氏の舞台上での一件は『事故』という事で終わりを迎えた。


 その証拠に、怪我から回復した海和氏は今もドラマに映画にと大活躍中である。しかし、当面の間は事故の影響もあってしばらくは舞台は控えるらしい。


「でも、よかったよ。傷跡が残る事もなく、仕事が復帰出来てさ」

「ああ、そうだな。って」


「ん?」

「珍しいな。光がそんな事を言うとは」


「いっ、いや? 別に? 好きな俳優さんってワケじゃなくて……そう! この人が出ていたドラマが面白かったからさ!」

「分かった分かった。そこまで慌てなくてもいい。別に贔屓ひいきにしている俳優がいたところで、何も言わない」


「別に贔屓ひいきってワケじゃ」

「違うのか?」


「違わないけど……」

「じゃあ、それでいいだろ」


 光の意外な話を聞いて驚きはしたが、それ以上に俺にはひっかかるところがあった。


 それは、あの一件が起きた現場の照明の担当は妹である『海和由紀恵さん』ではなかったものの、彼女が照明を目指すきっかけになった人が担当していた。


 その人は、由紀恵さんとは一回りほど年が離れているらしいが、それでもその業界内では若い人で、照明で様々な賞も取っている様な人だった。


 そして話を聞くと、どうやらあの事件が起きた現場には由紀恵さんもいたと言うのだ。しかも、その照明の現場も見せてもらっていた。


『……そうですか』


 この事は由紀恵さん本人から聞いた事ではあるが、正直。俺はその話を聞いて「あの場にいながら、あの事故を想定出来なかったのか? その照明の人とは色々と話をしてこの照明の仕掛けについても知っていたはずだが?」という色々な点でひっかかりを覚えた。


 だが、それも今更な話である。


 今回の一件は『事故』という形で終わってしまった以上、部外者である俺が口出しなんて出来ない。そもそも依頼を受けたワケでもない。


 だからこそ、結果をひっくり返すなんて事は出来ない。こうして、多少のひっかかりを覚えつつも、俺はその『結果』を受け入れた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 それに、今の俺にはその一件以上に気になる『二つ』のひっかかる事があった。


「…………」


 それは、今回の『依頼人の言葉』と『指輪について』だった。


 実は、依頼人が俺の事を知ったキッカケは「ある方から『調べて欲しい人がいるなら、ここを訪ねてみるといい』と言われてきました」と言ったのだ。


 ただ、俺にはそんな風に『営業』なんてしていない。だからこそ、その依頼人の言葉に違和感を持った。


 でもまぁ結局のところ、依頼人に「そのある方って、どんな人ですか?」と尋ねても、依頼人は「会った事がないので詳しくは……」と言われてはぐらかされてしまった。


 その言葉の後に由紀恵さんは何やら、一人でぶつぶつと呟いていたのだが……。しかし、残念ながらその言葉は聞き取れなかった。


 そして、もう一つが『指輪』だ。


 ここ最近、俺が『ちょっと変わった依頼を受ける相手』が『あの指輪』を首にチェーンを付けて下げていたり、指にはめていたりして身に着けている場合が多い。


 今回の件を入れて四回目。


 しかも、その指輪の色は毎回違っており、その相手に共通点は『俺が依頼を受けた』という事以外、職業や年齢を含めても特にない。


「後、上げられるとするのであれば――。ん?」


 一人でブツブツと呟きつつ、病院から帰っていると何やら人影が見えた。近づくと、その人は俺に気がつき、軽く手を振っている。


「誰だ?」


 こんな時間帯に俺を訪ねて来る人なんて――。


「って、境さん!?」

「……ああ、お疲れ」


 その人はなんと境さんで、本人が言うには俺が帰ってくるまで事務所の前で待っていたというのだ。


「どっ、どうしてこんなところに……いや、そもそも連絡してくれれば……」

「ああ、ちょっと。頼みたい事があってな」


「頼みたい事? 俺にか?」

「……ああ、西条君だからこそ頼みたい事だ」


 神妙そうな顔でそう言う境さんに俺は内心かなり驚きつつも「わっ、分かった」と言った。


 しかし、境さんが「俺だからこそ頼みたい事」と言った事には、驚き以上に違和感を覚えた。


「ハッ……ハックシュン!」

「うわっ!」


「わっ、悪い」

「いや。とっ、とりあえず早く入ってくれ。このままだと話云々どころじゃなくなる」


 俺は急いで事務所の鍵を開け、寒そうに体を小さくしている境さんに中に入るよう促した。

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