第9話


『現場と中継が繋がっております、畠山はたやまさん』


 冷静な男性キャスターの声と共に、映し出されたのは見覚えのあるホテルだった。


 どうやら、ここが事件現場なのだろうと思うが。


『はい、こちらでは現在も警察官が何名か出入りをしており……』


 神妙な面持ちで話す記者は、どことなく落ち着きがない。多分さっきまで近隣の人に聞き込みをしていたのだろう。


 この事件で亡くなったのは『高校二年生』の女子。


 ニュースでは、休日に三人の友人たちと遊びに行き、そのままホテルに泊まった。しかし、その被害者女子は夕食の時になっても起きてくる事はなかった。


 友人たちは不信に思いつつも、その時はそのままにしていた。


 当然、友人たちがそうした事には理由があった。


 実は、前も夕食時に被害者女子が起きてこなかった事があったらしく、その時は友人の一人が気を遣って電話をかけた際に、ものすごい剣幕で怒られてしまったのそうだ。


 しかし、翌日のチェックアウトの時間になっても部屋から来ないため、さすがにおかしいと思い、友人たちが連絡をしても電話をかけても出ない。


 いよいよ「おかしい」と思い、部屋に行っても応答がなく、友人の一人がフロントに行き、係の人に部屋を開けてもらい、部屋に入ったすぐにあるバスルームで女子高生は変わり果てた姿で亡くなっていた。


「…………」


 このニュースが流れたのは、愛染さんから依頼を受けて次の日の朝の事だった。


「それにしても、本当にとんでもない事件だね」

「……そうだな」


「ところでさ」

「なんだ?」


「このホテル。僕、見覚えがあるんだけど」

「奇遇だな。俺もだ」


 そんな会話をしていると、画面が切り替わり映し出された犯行現場のホテルは俺たちが住んでいる地域にあるモノだった。


「しかし、なるほどな」

「ん?」


「ああ、実は昨日。病院に向かっている途中、いつも病院を行く時に使っている道を歩いても誰にも会わなくてな」

「へぇ」


「最初はなぜ? って思っていたが、なるほど。この事件の影響か」

「多分、そうだろうね」


 俺たちが住んでいる地域は、あまり事件が起こる場所ではない。それこそ、交通事故自体珍しいのどかな場所なのだ。


 だから、そんな場所でそういった事が起きるとどうなるかというと……。


「いや、本当に。いつもなら何人か見かけたりすれ違ったりするモノなのだが。ものの見事に、誰もいなくてな」

「そっか。でも、仕方のない事なのかも知れないね」


 多分、この事件はニュースで取り上げられるよりももっと前に、その周辺に住んでいる住民に広まっていたのだろう。


 それほど『人の噂』というのは広まるのが早い。


「しかし、そうは言っても……」


 こうした事件が起これば、どんな形であれ多少なり変わるだろうとは思っていた。


「爆発事件があった時ですら、あまり変化がなかったからな。思わず驚いてしまった」

「まぁ、そうだね。うーん、あの爆発が『実験による事故』という事がすぐに報道されたからじゃないかな?」


「たっ、確かにそうだな」


 そして、ニュースが流れた今日は、いつもであれば登校する学生たちがたくさんいるのはずの時間帯にも関わらず、道ばたには『誰もいない』という状態だった。


 ただ、その光景は――集団登校や自転車通学をしている生徒に見慣れている俺にとってはかなり『異様なモノ』だった。


「そもそも『いってきまーす』とか『いってらっしゃーい』っていうやり取りが車越しっていう事自体。異様でな」


 しかも、学校近くを通ると、校門の近くの道では子供を下ろしている車が渋滞をつくっていた。


「それで、その異様な光景を見過ぎて容量キャパオーバーになって、僕に会いに来てしまった……と」

「わっ、悪い」


 俺がそう言うと、光は「いいよ。僕は別に」と、なぜか口元に手を当ててクスクスと可愛らしく笑った。


「それに、あまり物怖じしない兄さんが狼狽うろたえているっていう珍しい兄さんが見られたからね」

「…………」


 本当は、昨日の今日で光のところに来るつもりはなかった。


 しかし、こういった事件の影響を目の当たりにした事で、居ても立ってもいられなくなってしまい、こうして連絡もなしに、しかも午前中に来てしまった……というワケだ。


「それで? 神無月さんたちとはどんな話をした? どういう反応だった?」


 なぜだろう。今、俺の目には光の背後に『ルンルン』という文字が見えた様な気がしてしまう。それに、どうしてか光は珍しく目に見えて興味津々の様子だ。


「…………」


 いつもであれば、もっとこう……笑ってはいても『張り付いているような』そんな笑い方なのに、今日は『笑っている』という事が分かった。


 疲れているのだろうか。でも、それ以上に――。


「なっ、なぜ。光がそれを……」


 俺は、ここに来てからその話については一切何も言っていない。むしろ、今朝の『異様な光景』の話以外何も話していない。


「え? 普通に考えたら分からない?昨日、ここで雪乃さんからあの話を聞いていたらさ」

「あっ、ああ。そうか」


 言われて見れば……そうか。


「それにさ。最初に到着したのが神無月さんたちだったというなら……すぐに詳しい話を聞きに行くのは不思議じゃないと思ってね。全く知らない人でもない。確かにいつもより来る時間は早かったけど、話を聞いた限り学生の登校時間くらいに外を出歩いていたっていうのは、すぐに分かったから」


 光はサラッと答えた。


「……はぁ」


 なんでこんなに冷静に分析して話が出来るのだろうか。


 俺なんて、いつもと違う光景を目の当たりにしただけで、気が動転してしまったというのに……。


「兄さんはいつもそうだよね。でも、ちょっとした変化が気になるっていうのは、探偵としては必要な事だと、僕は思うよ?」

「――なるほど。コレが『弟に元気付けられる兄の図』というヤツか」


「え?」

「いや、なんと言うか、俺に『兄の威厳』とかないなぁ……と、思っただけだ」


「うーん。別に気にする事じゃないと思うけどな」

「…………」


 光は気にしなくとも、俺はするのだが。


「兄さんって、かなり『繊細』だよね。見た目に反して」


 要するに『パッと見た感じは豪快で細かい事は気にしなさそう』と言いたいのだろう。


「そういう光も、たまに『雑』になるよな。顔には出さないが『面倒』って思ったら特に顕著だ」


 普段は儚い雰囲気を纏っている事もあり、光は基本的に聞き手に回る事が多い。


 しかし、何かしら興味を持った場合は話が別な様で、その時はいつもの様子とは打ってかわり、自分から話す事も多かった。


「…………」


 それと、いつもの笑顔と違う表情から察するに、どうやら『光は愛染さんの一件』にはかなり興味があるらしい。


「それで、どうだったの?」

「あっ、ああ」


 俺は光に促されるがまま、交番勤務中の二人に会いに行った時の事を話した――。

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