第10話
「…………」
外に人がほとんどいないという異様な光景に、驚きつつ、交番に行くと、早速境さんが出迎えた。
どうやら、今日は運がよく『二人』が交番にいて、もう一人は非番の日の様だ。
「あれ? 珍しい。仕事以外で『西条君』がここに来るとは」
ただ、開口一番にコレはないと思う。
「失礼ですよ。境さん、西条さんだって仕事の有無関係なく外に出たいと思う日はあります」
いや「その反論の仕方も間違っていると思いますよ。神無月さん」と、言いたいところだが、俺自身そもそもあまり外に出ないから、神無月さんの言っている事もそこまで間違っているわけでもない。
「それで、今回はどうかされたのですか?」
「え」
「先ほどはああ言いましたが、西条さんがこの時間帯に外にいる事が珍しいので」
「ああ。まぁ、そうだよな。確かに、俺はあまり朝早くに外を散歩するような人間ではないからな」
「散歩かぁ。そういえば、今日はほとんど外を出歩いている人はいないな」
「仕方ありませんよ。この周辺で『あのような事件』が起きてしまっては」
「…………」
多分、二人が言っているのは今朝ニュースで流れた『ホテルでの殺人事件』の話だろう。
「やっぱり、こっちにも影響はあるって事か」
「ええ。ですが、場所はここから少し離れていますからね。少しだけ応援に行った程度ですが」
「だからまぁ、俺たちもニュースで流れている程度しか情報は知らないんだけどな」
俺と境さんは年齢が多少離れているのだが、境さんから「敬語禁止」と言われているので、タメ口だ。
それは納得しているのだが、俺と年齢が近い神無月さんが敬語で、俺がタメ口……というには、未だに少し違和感が残る。
「そうか」
「ん? あれ? この事件について俺たちに話を聞きに来たんじゃないの?」
俺の反応に、境さんは不思議そうな表情で首を傾けた。
確かに『有名な探偵』であれば、むしろこの『殺人事件を調べている』という方がしっくりくるだろう。
しかし、残念ながら俺はそこまで『有名な探偵』ではない。
「いや、その事件ではなく今回は別件でだな」
「と言いますと?」
「この事件が起きる前、境さんたちが……いえ、境さんが華麗な回し蹴りで犯人を逮捕した『一件』について調査している」
「俺が回し蹴り? ああっ! あれか!」
最初は境さんも「何の話だ?」という様子だったが、すぐに思い至ったようだ。
「本当に、あの一件でものすごく怒られたなぁ」
「反省してください。僕まで呼び出されて怒られたんですから」
どうやら、相方の責任はもう一人にも……責任はあるという事で神無月さんも後で厳重注意を受けたらしい。
「その件だ」
「しかし、お言葉ですがその件はすでに犯人逮捕で解決したのでは?」
「ああ。確かに犯人は逮捕されて一見すると解決している様に見えるけどな」
「依頼人は何かひっかかるところがあるんだな?」
「ひっかかりと言うか、当たり前というかだな」
「?」
「確かに、犯人は逮捕されたが、その時に言った『間違えた』って言葉がどうにもひっかかっているらしい」
「……」
「……」
「でもまぁ、そうだよな。人間、間違える事は誰にでもあると思うが、襲われたにも関わらず、自分が誰と間違えられたのか分からないって言うのは、俺がその依頼人の立場だったら、不安になるのも分かる」
「なるほどな。つまり、水無月君はその『彼女』の依頼を受けて俺たちに話を聞きに来たというワケか」
俺は依頼人が『女性』とは一言も言っていないのだが、まぁいい。そこは別に問題ではない。
「ああ。話すなら、もっと詳しい説明が欲しいというのが、依頼人の希望だ」
「そう……ですよね。不完全な説明では、かえって不安を煽るだけ」
「ただなぁ。あの時に分かっていたのは『そこまで』で、犯人が『誰』って言わなかったんだよ」
「つまり、今はその『誰』か分かっていると」
「ええ。なかなか口を割らなかったのですが」
「それで、実は明日にでも言いに行こうと思っていたんだが、その前に水無月君が来るとは思わなかったなぁ」
境さんはそう言って大きな口を開けて豪快に笑った。
「それで、誰なんだ。その相手は」
「ああ。実は、今回の『ホテル殺人事件』の被害者を襲うつもりだったと犯人は供述している」
笑うのを止めた境さんは「悪い悪い」と言いつつ、そう言葉を続けた。
「今回の被害者」
「はい。
「でも、なんで今になって」
「その点に関しては俺たちも分からない。ただ、犯人が最初から話していた人相に今回の被害者がそっくりだったから、試しに捜査員が聞いたらしい」
「なるほど」
「その相手に対して相当な恨みがあったという事は、捜査員も話をしているだけですぐに分かったそうです。しかし、勘違いとは言え、間違って襲ってしまった子には申し訳ないとも言っていたそうです。あなたを襲うつもりはなかったと」
下手をすれば……いや、愛染さんからしてみれば当然『トラウマ』になる話だ。
現に、愛染さんはこの一件以降。夜は家族と一緒でなければまともに外を出歩く事も出来なくなっている。
「話は分かった。ありがとう。今の話は依頼人にキチンと説明するとしよう」
「いえ、むしろこちらまでご足労頂きありがとうございました」
「ところで、境さん」
「ん?」
実は境さん。実家は結構なお金持ちかつ堅実。だからなのか、昔から「最低でも公務員なれ」と言われていたらしい。
ただ、見ての通り境さんは結構どころか、かなりの自由人。しかし、いつもはキチンと仕事をしている。
問題があるとすれば、たまに回し蹴りとかよく分からない煙幕などの道具を使ってしまう……などなど『事件を見ると、ついハメを外してしまう』という悪癖があるくらいだろうか。
そんな自由人の境さんでも、一応家の言う事には従った。
しかし、境さんは実家のある都会ではなく、ワザと実家の目が届かない地方を選んだ。
それでも、境さんが好き勝手やってもあまり言われないのは、神無月さんや今日はいない『おやっさん』の頑張りと、普段はキチンと仕事をしている事とやはり多少なりとも『実家の力』があるからだろうと、俺は思う。
「最初は『ニュース程度の情報しか知らない』って言っていたが、実はその『ホテル』の被害者。多少なりとも知っている人なんじゃないかって、俺は思うんだが……本当に何も知らないのか?」
だから、そんな『力のある実家』にいるもしかしたら今回の『ホテル殺人事件』の被害者について、実は境さんなら何かしら知っているかも知れないと思ったのだ。
「ふっ、なかなか
そして、どうやら俺の『勘』は境さんの反応を見る限り、少なからず当たっていたようだ。
いや、むしろ境さんは俺がそう言うのを『待っていた』様にも見えた。
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