第7話


「ん? ちょっと待て」

「はい?」


「その目をつぶった時に『――さて、種も仕掛けもございません』って言う声が聞こえたんだよな?」

「はっ、はい」


 愛染さんの返事を聞いた瞬間。俺は無言になって片手で額を押さえた。


「どっ、どうしたの? 兄さん」

「あっ、ああ。俺の『知り合い』でそんなおかしな事を言う人がいたなと思ってな」


 でもまぁ、摩訶不思議な事を言う『知り合い』は一人しかいないのだが……。


「その人、会ったか?」

「えと。確か『神無月かんなづき瑞紀みずきさん』という人にはお会いしましたが」


「いや、その人じゃないな」


「その人がどうかした?」

「いや、どうというワケじゃないが、まぁ……その人。かなり変わっている人でな」


「そっ、そうなんですか」


 愛染さんが言うには、気絶した後。目を開けると、見覚えのない真っ白い天井が最初に入った。


「おっ、起きたね」


 そして、顔を横に向けて視線に入ってきた人が『神無月かんなづき瑞紀みずきさん』だった様だ。


「その人とも俺は一応、面識があるな。名前を聞いてすぐに分かった」

「へぇ、そうなんだ」


 神無月さんは、この地域の交番に勤務している現職の警察官である。


 なんでも警察学校に入れるギリギリの年齢で合格したらしく、勉強はともかく体力面では大分苦労をしたらしい。


 ただ、一般人の『体力に不安がある』と警察官の『体力に不安がある』では、そもそものスタートが違うとは思うのだが……。


 しかし、普通に警察官とは言っても、どうやら全員が全員体格がいいというワケではない様だと思ったのは、間違いなくこの人の影響だろう。


 俺としては、神無月さんは体格がいいというより、身長が高くて足が長い。


 最初に対面した時はもう「なんでこの人、モデルとかそっちにいかなかったのだろうか」と思ってしまう程だった。


「うん? それって、兄さんがペット探しをしている途中で偶然居合わせた下着泥棒を捕まえた時に知り合った人?」

「ああ、その人だ」


 あの日、俺は依頼を受け、探していたペットを見つける事は出来たのだが、そのペットが俺の姿を見るなり、逃げ出した。


 当然、俺はそれを追いかけたのだが、その追いかけた先に神無月さんたちが追っていた下着泥棒が身を潜めていたというワケだ。


 これぞ『棚からぼた餅』というヤツだろう。


 泥棒を捕まえ警察に引き渡した時に初めて、神無月さんと話をした。


「で、愛染さんを助けたのは多分。その人の『バディ』と言うヤツだな」

「バディ」


「ああ。まぁ、別の言い方をするなら、あれだな『相棒』ってヤツになるな」


 基本的に警察官が単独行動する事はあまりない。お互いの連絡しやすいように大体は二人体制で仕事を行う事が多い。


「それで、その神無月さんの相棒の名前が『さかいさん』って言うんだが、その人がかなり強烈と言うか、変わっているというか」

「そっ、そうなんだ。色々な依頼人を見てきた兄さんでもそう言うんだ」


「正直、あの人以上におかしいのは『犯罪者』以外では今のところ出会った事がないな」

「そっ、そうなんですね。あっ、だから『あの時』いなかったのか」


 愛染さんはそう言って「なるほど、納得」という表情で一人頷いていた。


「??」

「どうした?」


 当然、俺たちは愛染さんが何の事を言っているのか分からず、頭に『?』を浮かべた。


「あっ、いえ。実はその神無月さんという警察の方に、ここが病院だと説明を受けた後、ふと私を襲ってきた犯人はどうしたんだろうと尋ねたんです」


 その言葉に、神無月さんは「ああ、病院に運ばれたよ」とサラッと答えたそうだ。


「私はよく分からず『どっ、どうして?』と尋ねたんです」

「…………」


 まぁ、それはそうだろう。


 突然よく分からない言葉と煙幕。しかも、目を覚ましたらそこは病院で警察官がいる上に、そのオマケに襲ってきた犯人も病院に運ばれた……なんて聞いたら『どうしてそうなった?』と思うのは至極当然の事ではないだろうか。


「で、聞いてみたら何て答えた? 神無月さんは」

「あっ、はい。そうしたら――」


 神無月さんは「それを説明するには……うん。最初から説明した方がいいね」と言って、なぜか深く「はぁ」とため息をついたらしい。


「……」


 その事を聞いた瞬間。俺は「ああ、神無月さん。いつもお疲れ様です」と思わず心の中で呟いてしまった。

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