第3話


「さてと、ここのどこだったか」


 事務所兼自宅から出て少し歩いたところには『住宅街』あり、その住宅街の中にある一軒に『目当てのお店』はあった。


 弟がいる病院を訪問する時は、大抵ここのシュークリームを買って行く。


「ふぅ……」


 見上げた看板には大きく『町のケーキ屋さん』と書かれた看板いる。おかしな名前を下手につけるより、これくらい分かりやすい方がむしろ潔いと思う。


 ただ、実はひかるは甘い物が苦手だ。


 しかし、ここのシュークリームなら何度か食べていて……まぁ、ただ単純に気に入ったのだろうが、あえてひかるが口に出すことはない。


「…………」


 このまま図体のでかい人間が立ち止まっていても、他の客の迷惑になる。


「それに、買うモノもあるしな」


 そう独り言を呟き、軽くそのまま店へと入って行った。


 弟は簡単に言うと、兄である俺が言うのも変な話だが『儚げな雰囲気を纏っている少年』だと思う。


 それは多分。長い入院生活の中で纏ってしまったモノだと思うが、実のところ可愛らしい笑顔の少年で、結構なお節介焼きでもある。


「いっ、いらっしゃいませー」


 俺が自動ドアを通ると、女性店員がそう言ってぎこちない笑顔を見せた。


「……」


 この『笑顔』が一瞬ひきつっている様に見えたのは、多分。ここで働き始めてそんなに時間が経っていないからだろう。


 つい二週間くらい前にここに来た時に、この人の姿を見た覚えがないから、その間に入った人ではないだろうか。


「すみません、シュークリームを買いに来たのですが」

「はっ、はい。こちらになります」


 店員が指したショーケースには、シュークリームの皮がたくさん並べられていた。


 ここのシュークリームは、注文を受けてから、クリームを入れるという形になっており、その大きさは、スーパーなどで市販されているモノより一回り大きくなっている。


「では、コレを……四つ頂けますか?」

「はっ、はい」


 店員が一瞬固まったのは、ひょっとしたら「俺が一人で四つも食べる」と思ったのかも知れない。


 確かに『スイーツ好きの男の人』が最近は多いっていうのを聞いた事はあるが、残念ながらそうではない。


 弟は、いつも俺が多めに買ってきたシュークリームを備え付けられている冷蔵庫に入れて、数日かけて食べるのだ。


 最初はただ単純に「多めの方がいいか」と思って買って行っただけだったのだが、次に二つだけ買って行くと。


『あっ、ありがとう……えと』


 あの時の弟の表情は「あれ、二つだけ?」なんて、さすがに顔には出さなかったものの、弟の背景は明らかに「しょんぼり」という言葉が見えた様な気がした。


 だから、それからは少し多めに買って行くようにしている。


「しょっ、少々お待ちください」


 それにしても、本当に慣れていないのだろう。さっきから、店員は何か話そうとするたびに、言葉に詰まっている様に聞こえた。


「お会計は四点で千二百円になります」

「じゃあ、二千円で」


「八百円のお返しになります」

「はい」


 そう返事をしながら、目の前に置かれたレシートと小銭を財布にしまった。


「いっ、移動時間はどのくらいになりますか?」


 店員は、俺がおつりを財布に入れたのを確認した後。シュークリームを丁寧に紙の箱を開けたままそう尋ねてきた。多分、保冷剤の数を知りたいのだろう。


「あー。十五分ほどです」

「かしこまりました」


 俺たちがそう言うと、保冷剤を一つ入れた。


「…………」


 ふと見えた店員の安堵の表情は、多分「このやり取りが終われば、後は見送るだけだ」という気持ちが透けて見えたような気がした。


「ありがとうございましたー」


 そして、お店から出る時の店員の笑顔は……何となく緊張から解放されたように見えた。


「…………」


 でもまぁ、色々なお客の対応をして、回数をこなしていくうちに否が応でも『慣れる』だろう。


「さて、ご所望のモノも無事に買えたし、行くか」


 そして、俺はお店のある道をすぐを右に曲がり、そのまま道をまっすぐと進み『弟がいる病院』へと向かう事にした。

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