第2話


 次の日――。俺は、とある公園の木の上にいた。


「いっ!」


 ただ、ちょっとでも体に力を入れただけで、体全身に痛みが走る。


 まぁ、昨日の夜にベッドにも行かず床で寝ていれば、体中が痛くなってしまうのは仕方がない。むしろ、自業自得だろう。


「あの、大丈夫ですか?」

「あっ、ああ。大丈夫です。これでなんとか。よし、怖くないからねぇ」


 そう言いながら、俺は必死に手を伸ばす。木の下にいる女性は、俺の様子を固唾を飲んで見守っている。


「ニャー」


 俺の手の先にいるのは、怯えて体を小さくしている子猫だ。


 どうやらこの子猫は後先考えず、小さい頃特有の『好奇心』のみで登ってしまい、下りられなくなってしまったのだろう。


「あの、きっ、気をつけてください」

「あっ、ああ」


 木の高さは俺の身長を簡単に超して……というより、軽く俺の倍くらいの高さである。下手な落ち方をすれば、大怪我ですまない可能性があるほどだ。


「っ、もうちょい」


 正直、脚立を持ってくれば簡単に届くだろうと思っていたが、そもそも脚立の一番上に立てれば問題はなかった……のだが、一番上に立った瞬間――。


 自分で思った以上バランスが取れず結果として、俺は脚立を広げ、片足ずつ足をかける事にした。


「……」


 見た目がかなり不格好になってしまったが、バランスは取れるようになった。


「よし! 良い子だねぇ」


 そういう経緯を得つつ、俺はなんとか木の枝にいた子猫を救出する事に成功し、抱きかかえた子猫に触れ、軽く「はぁ」という安堵のため息をついた。


「ん?」


 しかし、その瞬間――。


「おっと。あっ、うわぁー!」

「えぇ!」


 脚立を降りる途中で『子猫を助けられた』と、ふと気を抜いてしまった俺はそのまま足を滑らせ、脚立から落ちた――。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 何とか仕事が終わり、無事に救出した子猫を連れて依頼人が帰った後。俺は事務所で一人、足にシップを貼っていた。


「っ!」


 脚立から落ちた瞬間。


 咄嗟に体を丸め込み受け身を取ったおかげで『背中を打つ』などの大事には至らなかったものの、近くに置いて合った脚立に足をぶつけてしまい、その部分が青く変色していた。


「はぁ、最っ悪」


 俺の名前は『西条さいじょうつばさ』と言い、ここで『探偵事務所』を開いている。


 しかし、この『探偵』というのは名ばかりだ。


 正直な話。ここ最近の依頼で探偵らしいものは『ペット探し』ぐらいで、それ以外のほとんどは「おおよそ探偵とか関係ないよな?」と言いたくなるような雑用ばかりだった。


「別にいいけどな」


 俺としては、基本的に人の役に立ちたい人間だから、何かしら特別な資格がいる……とか、犯罪に関わるようなモノでなければ、例えそれが『探偵である必要がなくても』断る事はない。


 いや、そもそも断る理由がない。


「まぁ」


 こんな『のどか』という言葉が似合ってしまう、緑が多く生い茂るこの土地に『探偵』なんてそもそも必要ないと思うが。


「だからと言って『修理屋』とか『何でも屋』扱いにされるのはちょっとな」


 特に断る事なく、依頼されれば何でも引き受けた結果。


 今ではここの住民は「あの『探偵』に頼めば、大抵の事はどうにかしてくれる」と思ってしまっているらしい。


 そして、今回の依頼人もそんな話を聞きつけて来た人だった。


「まぁ、見つかってよかったけどな……ん?」


 そんな誰も聞いていない独り言をブツブツとつぶやいていると、ふとズボンのポケットに入れているスマートフォンが鳴った。


「どうした?」

『あ、ごめん。こんな時間に』


「いや、別にそれは構わないが。いっ!」

『大丈夫? 兄さん』


 電話をかけてきたのは、俺の弟だった。現在はとある事情で入院をしている。


 俺が言うのもあれだが、兄思いの優しい弟だと思っている……のだが、ここ最近は、その度を越して段々と『お母さん化』している様に感じている。


「あっ、ああ。悪い、昨日。床で寝た上に、今日は脚立から落ちたもんだからな」

『……え。大丈夫なの?それ』


「ああ、大丈夫だ。さっき湿布も貼ったからな」

『でも、脚立から落ちたのはともかく、全身が痛いのは兄さんの自業自得だよね?』


「ははは、返す言葉もないな」

『まぁ、大丈夫ならそれでいいんだけどね。それはそれとして、気をつけなよ? ここ最近、なんか物騒になっているらしいし』


「ははは、本当に母親みたいだな。俺はそこまで子供じゃないぞ?」

『そっ、そういうワケじゃないんだけどさ。ほら、夜道って危ないって言うじゃん? 僕は兄さんが心配で……』


「ああ、そうだな。でも、大丈夫だ。今日は外に出る予定もない。それに何より体が痛い」

『ははは、そうだね』


 そんな他愛もない会話をしていると、突然弟から『ところで、明日……来れないかな?』と切り出してきた。


「ん? どうした、お前から来てほしいなんて」

『えと、ちょっと聞いて欲しい話あって』


「……分かった。明日の昼頃にはそっちに行く。病院が近くなったら、また連絡する」

『うん、分かった』


 弟はそう言うと、俺は向こうが電話を切るのを確認した後。自分の電話を切った。

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