第59話 暗闇でしか見えないもの。 ○

私はコーヒーはブラックで飲めない。

だからどのカフェに行っても、

だいたいカフェオレとかカフェラテとか、

そういう類のものを頼む。


「ケーキは?頼まなくていいの?」


「うーんどうしようかな?あなたは食べないの?」



「僕はコーヒーだけでいいや。」


「じゃー私もカフェオレだけで。」


「うん。わかった。すいません!」


「はい。注文伺いましょうか?」


「このブレンドコーヒーと、カフェオレとフルーツケーキのセットで。」


「え?いや私……。」


と言う私を手で制御して、


「それでお願いします。」

と彼は伝えた。

そのまま、きれいなサラサラの長い髪を後ろで束ねた、顔立ちの整った若いウェイトレスは注文を復唱して、ご機嫌とも不機嫌とも取れない笑みを浮かべてテーブルを離れた。


彼はきっと本当はあんなに若くて、

きれいで顔立ちの整った髪の長い女らしいひとが良いのだろうな……。

などと、良からぬ想像が働く。


「私ケーキいらないって言ったのに。」


「でもコーヒーのページ見る前にケーキをジーと見てたよ。ほらこのフルーツケーキ。」

そう言ってケーキを指差す。


なんでもお見通し。

人の事よく見てる。

恥ずかしい。

それで恥ずかしいと

顔が真っ赤になるから……本当にもういや。


そうしている間にすぐにコーヒーとケーキが運ばれてくる。

先程と同じウェイトレスが澄ました顔で、

コーヒーのブレンドの特徴と、

それからケーキの説明をする。

一度も噛む事なくすんなりと説明する。

それで最後にまたあの笑顔で一礼して、

颯爽と立ち去る。



「あなたは本当はあんな感じのきれいな若い女の人が好きでしょう?」

と思わず毒づく。


「なんで?」


「だって女の私から見ても格好いいじゃない。」


「うーん。あの人がどういう人か、僕は知らないし、格好がいいのは上手に接客しているからでしょう?接客はあの人の仕事だからね。それに仕事だから当然かもしれないけれど人間味がないね。だから興味はもてないね。」


「嘘つき。」

とふくれつらで微笑む。


「ウソじゃないよ。」

と焦って言い返す彼。


男の人は誰だって若い女が好きなんだ。

彼は私を気づかってウソをついているに決まっている。けれどとその優しさが私を和ませるのも否定できない。


「きれいで澄ました顔で堂々としているのが絶対ではないと僕は思うよ。一生懸命に不器用ながら不安を抱えてる生き方の方が共感できるけどね。」


「中国のも不器用で不安を抱えていたの?だから共感できたの?」



「うーん……言わない。」


「なんで?本当にそうだから言えないの?」


「いや……。同じ失敗はしたくないんだ。

論議しても仕方がない事は言わない。

それにどんな答えを僕が出したしても、

きっと君は納得出来ないし、きっとこの話も、それからこれからも、知らない事は知らないままでいいんじゃないかな?」


「私は……つまりその時の、あなたの気持ちを知らない方が良いってこと?」


「いや、もし僕ならば君が他の男と仲良くしている話しなんて聞きたくないし、

聞いてしまったら、良からぬ想像をしてしまうし、また君の事を疑念の目で見てしまうかもしれない……。もうそういうのが嫌なんだ。疑われるのも、それに疑うのも。僕は君が好きで君は僕を想ってくれていたら、

それで良い。過去に何があろうと、今の君が僕の事を見てくれていたらそれで良い。

だから……もうやめない?そういう話。」


そうして目を潤ませた。

ハンカチを差し出して静かに

「ごめんね。」

と謝った。

「こちらこそごめん。」


私のハンカチで目頭を拭ってそれでしばらく黙っていたと思ったら、

「ふふふ。」


と笑った。

「君はやっぱり素直で可愛い人だ。」



冷めたカップに唇を近づけて一口啜った、

ケーキは甘くて美味しかったけれど、

カフェオレは少しほろ苦く感じた。

優しい彼とワガママな私。

今日言おうと思っていた事も言い出せなくなってしまった。


本当は私に彼を責める事は出来ない。

私も宮本と危うい感じだった。

それを言わないとフェアじゃないと思った。

けれども結局それは、自分の罪悪感から逃れる為の自己満足であって、やっぱり彼にとっては知らなくてもいい事なのかもしれない。これ以上彼を苦しめてはいけないのだろうきっと……。


相手を想えばこそ知らなくていい事ってきっとあるんだ。


「あと15分くらいで始まるよ。イルミネーション。」


「そうだね。じゃーもう入り口いっぱいかな?もう少し早く行けばよかったね。」


「いや。急いで行って群衆に紛れる事は無いよ。僕は君とゆっくりと光の道を歩きたい。」



カフェを出ると平日にも関わらず、思っていたより沢山の群衆が光を放つ入り口へと向かっているようだった。イルミネーションを際立たせる為に園内の照明は少し暗めに思えた。

先程まで陽の光を浴びながら、色とりどりの花々に目を奪われていたが、薄暗い照明の中で、紅葉や楓の淡いだいだいが存在感を増していた。中でもたわわに実る柿の木がひどく幻想的に見えてきれいだった。


普段から目にしている物なのに、

昼か夜かで印象は違う。

明るい場所では見えない物

暗闇でしか見えない物

それは心を救う

一縷の光ような物かもしれない。


光のトンネルの入り口はもう人の山で埋め尽くされていたので、少し戻ってカフェの近くのチャペルの辺りで点灯を待つ事にした。


「あのさ……。」


「うん?なに?」


「あの……あっ!!」


彼が何かを言いかけた時チャペルの鐘が鳴り出した。「ゴーンゴーン」と懐かしような、人口的なような……何度か鐘の音が鳴り響いたあと、開幕を演出する音楽が光のスタートを盛り上げる。そして教会の前にある人口湖に光の筋が走っていく。


「もう一度やりなおさない?」


「ん?」


彼の手には指輪の箱が。


「あまりお金ないし、高いのは買えないけれどね、僕ひとりでは選べないから、

今度一緒にこの中身を買いに行きたい。」


「えーと…。」


「駄目かな?」


涙が目を伝って少し上手に笑えなかった。


「いつにする?」






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