第58話 一つになるということ。 ●
「うわー!!」
と思わず二人で歓声をあげた。
重厚な木目調の大きな自動扉が開くと、
見渡す限りのベゴニアが部屋中に並べられていた。まるでメルヘンの国にでも迷い込んだかのように思えた。
「私もう一回入り口からはいるわ。」
そう言いながら子供のようにはしゃぎ、
スマホの動画を回す。それから先程見たばかりの風景に「うわー」ともう一度歓声をあげる。
2人で遠出するのはいつ以来だろうか。
「今度さー、もう少し遠出してみようか?」
という僕の提案に彼女はすぐに賛同した。
「泊まり?」
「いや、まーとりあえず日帰りかな?子供たちほったらかしにできないでしょ?」
「そうね。私実は前から行きたいところがあるんだけど。」
「うん?どこ?」
そうして彼女がスマホの画面に映し出された、花緑園のホームページを僕にみせた。
10月からはイルミネーションも開催されるみたいで(しかも今日は初日らしい。)
この時期は様々な種類のダリアや、秋桜が見頃を迎えていた。そこで別料金で入場できるのがベゴニアガーデンという、
室内の温室庭園だ。
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海の近くにあるせいか、
少し首筋を吹き抜ける風が妙に冷たく感じた。季節の変わり目は服装選びに非常に困る。ふと横を見ると、やっぱり彼女も寒そうに肩をすくめていたので、手を引き寄せて繋いで自分のコートのポケットに繋ぎ入れた。
いったい何故、あの時離婚に至ったのか
真剣に考えてみると自然とある情景が思い浮かぶ。
先程まで平然としていた彼女が、
ある事をきっかけに沸々と怒りを
口にしだす。
片付かない部屋、
洗っても洗っても、
それ以上に汚される洗濯物。
一生懸命綺麗にたたんでも、
箪笥の中ではグッチャグチャ。
彼女にとって普段は心に溜め込んでる事も、
一回口火を切ってしてしまうと、
積み上げられたストレスは打ち上げ花火の
導火線のようジワリジワリと怒りの火薬に
一気に火がつくのだ。
彼女はそのストレスを発散する術を知らない。知らないというか出来ない。
それはいろいろな制限があるからだ。
人と話すのが苦手。
というか友人と一緒にご飯を食べに言っても一方的に相手の愚痴を聞かされるだけで、
自分の事を上手に話せないから余計にストレスがたまる。
食べると太るかもしれない。
お酒なんか飲めない。
テレビを見ると気楽にそうにしてる、
芸能人に腹が立つ。
何をするにしてもアレルギーで薬を飲めないという事が不安を助長する。
あまり外に出ると疲れて何もできない。
第一お金がない。
彼女の言う通り
生きる事は不安との戦いなんだ。
それはもう1人では解消できないのだ。
依存というのは、
何をするにも人の意見を聞くとか、
判断できないとか、
そういうものに思われるけれど、
違う種類の依存がいくつか存在すると思う。
その一つが「負の放出」
という依存だ。
彼女は話を聞いてほしい。
けれどもoutputが苦手な人だから……。
受け止めにくいし、誤解しやすい。
彼女の僕に向ける怒りは心の叫びなのだと気づいてあげたい。
それで自分を受け入れほしい。
ただきっとそれだけの事だと思う。
それを受け止めるのがきっと僕に出来る事。
嫌な事をいわれても、
今見せている彼女の屈託の無い笑顔を
思い出せたら、きっと優しく抱きしめてあげる事が出来ると思う。
「ん?どうしたの?」
ベゴニアの花に顔を近づけて写真を撮りながら彼女が言った。
「いや何でもないよ……。あのさ、」
「えー?何でもないんじゃ無かったの?」
悪戯っぽく笑う彼女。
「どうも僕はあなたの事をよくわかっていなかったみたい。」
「その話はこの間も聞いたよ。」
「僕はあなたが……俺の事をだらしなくて、
いい加減で頼りなくて……、その…迷惑な
「ふふふ……。そう、私はあなたが、だらしなくて、いい加減で頼りない、迷惑な
「でも?」
「あなたは、優しくて温かくて、いつも面白い話をしてくれるわ。不安になるといつも私の話を聞いてくれるし、何かに戸惑っている時は私を落ち着かせてくれる。」
え?
「私はその事に気が付かなかった……というかいつの間にか当たり前の事のように思っていたの。駄目ね私って。」
あっ……。
そうか…。
本当に駄目なのは僕の方じゃないか。
「彼女を支える」
という独りよがりな考えしかもてなかった。本当は僕もまた彼女に救われている。
その事が根底から抜けている。
そもそも……
自分の気持ちに気づいていない。
結局僕は彼女が好きなんだ。
だから誰よりも認められたいと思っているし、嫌な事を言われたら傷つくし、
彼女に対する愛されたいという気持ちが強ければ強いほどに、傷ついた時の反発は強い。
可愛さあまって憎さ100倍……。
同じ事を繰り返さない為には、
今、目の前の問題をすぐに解決しようとせずに、一度立ち止まって、
本当にそれが正しいのか?
相手がそして自分はどんな気持ちなのか?
考える時間が必要なのかもしれない。
きっと出会った時から、
こうなる事は決まっていたんだ。
夫婦というのは家族の中で
唯一血の繋がりのない人だ。
逆に言えばこれから新たに血の繋がりを作っていくパートナーなのだ。
別々の者が一つになるというのは
きっと簡単な事ではない。
時には相手を受け入れて、
時には相手に求めて、
新しい自分の可能性を創り出す。
その混ざり方次第では、
良くもなるし、
悪くもなるし、
一度失敗しても、
良くもなるし、
悪くもなるし、
でもきっと失敗した分だけ、
相手の本質を見つめ直して、
失敗した分だけ、
相手を憎み…
それでやっぱり後悔して、
失敗した分だけ、
また一つになれる可能性を
見つける事ができる。
途中で投げ出す者たちもいるだろう。
どうしても混じり合えない人もいるだろう。
そんな時は一人で考える時間か必要だ。
それからゆっくりともう一度相手を想って
それで2人が分かり合えたら……。
愛し合えばそれで良い。
何度でも何度でも相手と繋がりたければ、
それで相手が繋がる事を許すのであれば、
きっとまた2人は一つになれるのだろう。
「Emulsification」
それは2人が繋がるためのもの。
「SEX」というとなんとなく、
性的な部分を強く感じる。
ただ交わりあいたいわけじゃない。
一つになりたいんだ。
お互いを理解しあい、
お互いに求め合い、
愛し合いたいのだ。
「ちょっとコーヒーでも飲む?」
「うん。」
広い園内を歩きまわって少し休む事にした。
イルミネーションが始まるまで、
園内にある小洒落たカフェで過ごすことにした。
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