第56話 陽のあたる場所 ●

静かな雨音……。

時折通り過ぎる車があげる水飛沫みずしぶき

それ以外の音は何も聞こえなかった。

突然の夕立のせいか

辺りには誰一人いなかった。




今、目の前で起きている情景が、昔良く聞いた歌の歌詞にあまりにも似ていたから

思わず口ずさむ。




「それ誰の歌だった?」


「うん?スガシカオ。」


「何かの主題歌?」


「ブギーポップは笑わない。」


「なにそれ?」


「なんだろうね?忘れちゃった。」




雨を凌ぐ商店の屋根を伝ってゆっくりと

静かな水の雫が軒先に置かれた壺に

「ピチョン、ピチョン」

と水の音色を奏でる。

壺の中では小さなメダカと

朱色の金魚が優雅に泳ぎ、

まるで丸い縁の抽象画を見ているようだ。

規則的に奏でられるその静雨音せうねが心地よく、何でもない景色を幻想的に映し出す。

遠くに映る小さな太陽ひかりが、

黄昏の彼方に優しい雨を降りそそぎ、

彼女の手の温もりから伝わるシンパシーが、

その手を放してはいけないと僕にこいねがう……。

彼女の抱えた思いはこの曇り空のようなのだろう。だとしたら彼女にとっての、

のあたる場所』

はいったい何処にあるのだろうか?



彼女は言った。


「私にとってと言う事は不安との戦いなの。」



僕は考える。

彼女の不安をどうしたら和らげる事ができるのだろうか?



「僕に君の不安を和らげる事ができるだろうか?」



「そうね……どうかしらね。正直わからないわ。けれどね……私はなんでも深く考えてしまう事が多い分、一人で抱えるのはとても辛いの。」



「なぜ一人で抱えてしまうのだろうか?」



「どうだろう……それはきっとね。誰も私の話を聞いてくれないからかな。」



「聞いてくれないの……。」



「私が話したい事を話すと、大体の人は

『わかるわかる』と相槌を打って話をきいてくれるわ……。けれどもその後に続く言葉はだいたいいつも同じなの。『私もね同じような経験があるの』ってね。」



「それは共感してるからじゃないのかな?」



「そう。はじめはね共感…なんだと思う。

はじめはね……。けれどもその後は大抵、『私の……。』話になってしまうの。だから言いたい事の入り口だけ話して、後は相手の話を聞くだけ。それがとても辛いのよ。

わかる?自分が伝えたい事を伝える間もなく相手の話に変換されてしまうとね、

ストレスだけが残るの。」



「うーん。わかるような……わからないような……。けれども君も相手の話に共感して、

自分の思いを伝えればいいんじゃないの?」



「そうね……。でもね、そうする前に、話す気が萎えてしまうのよ。この人は私の話を聞く気がないのだなと感じるとね。」



「優しすぎるんだね。きっと……。」



「それで私がストレス溜めていてもそう言える?」



「そうだね……。僕たちはその辺りはよく似てるのかもしれないね。けれど僕と君はやっぱり似て非なるものなのかもしれないね。」



「似て非なる者?」



「うん。真面目で優しい性格は似ているけれども、君はそれを悪く受け止めて、

僕はそれを最大の持ち味と感じている。」



「最大限の持ち味……。」



「そう。持ち味。でもね…最近僕は思うんだよ。持ち味を活かすには、絶対に他の要素が必要なんだ。」



「他の要素?よくわからないわ?」



「うーんどう言ったらいいのだろう?」



「……。」



「あっ……ごめん。」



「え?何が?」



「僕はたった今、君の話を奪ってしまったかもしれないから。」



「ふふふふ。」

と彼女は楽しそうに笑いを堪えていた。



「大丈夫。今はね……あなたの話の続きが聞きたいわ。」



「よかった。もしよければこの後、僕の家にこないかい?」



「いいよ。」



「うん。持ち味を活かす要素の話をするには、僕は君にパスタを作ってあげたいんだ。」



「うん?なんで?なんかよくわからないけれど、パスタをご馳走してくれるの?なんだか今日は食べてばかりな気がするわ。太ったらどうしよう?」



「違うな、なんだか今日は美味しい物に巡り合う日だね。自分で言うのもあれだけどね。元から痩せてる君の事だから、少しくらいぽっちゃりしても、きっと大丈夫だよ。」



「ふふふ」

とまた彼女は笑った。

静かに楽しそうにやわらかく微笑んだ。

僕もそれが嬉しくて楽しい気持ちになった。

すごく久しぶりに心が和らいだ。

そう感じた。



家に着く前に近くのスーパーに寄ってもらった。二人であれこれ言いながら、食材を選んで僕の待つカゴにいれていく。そこでニンニクと唐辛子とちょっとお高いヴァージンオリーヴオイル、それとベーコンとシメジとほうれん草を買った。

本当は二人でワインでも飲みたかったけれど、

彼女は車を運転しなくてはならないので、

今日はやめておいた。

スーパーの出口で移動販売の焼き鳥屋さんが

美味しそうな匂いを振り撒きながら、焼いていた。あまりにも香ばしい匂いがしたのか、


「美味しそう……。」


なんて彼女が言う物だから

彼女はレバーとねぎまを、

僕はナンコツとももにんにくを

それぞれ焼いてもらう事にした。


なんでもない出来事がすごく幸せに感じた。









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