第55話 夕立 ○
雨の降る日に私は生まれた……。
そのせいなのか私の関わるイベントは
何かと雨が多かった。
遠足、校外学習、運動会。
いつも雨ではないけれど私が楽しみにしていれば、しているほどに雨が降る。
「ちぇっ!!また遠足の日に雨かよ!!
いったい誰なんだよ雨女?」
そもそもなんで女限定なのか?
全くわからない。
けれどもクラスの男子がそういうたびに、
「雨女はわたしかも知れないなー。」
と考えようになっていた。
私の気持ちはガラスのように繊細……。
ネガティブな心持ちの原点は
おそらくそんなところからはじまった。
あの頃はひどく悩んでいたけれど……、
その雨女のジンクスは私の中から、
いつの間にか消えていた……。
そう思えばいつからだろうか?
私が雨を気にしなくなったのは……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
その日は午後から日暮れにかけて
かるい夕立が通り過ぎた。
そして私たちは海の近くの
濡れたアスファルトを走った……。
この辺りでは珍しいベトナム料理屋さんがあるので、そこで昼ごはんを食べようという
計画は、珍しく彼の方から提案してきた。
寒い冬は風と共に去っていき、
春風の如く時は過ぎ去っていく、
ついこの間まできていた、お気に入りのグリーンのカーディガンもそろそろ今年の役目を終えようとしていた。
今朝は新しい季節を迎えるための服を選びだす準備に追われた。
新しい物って早く着てみたいと思ってるのにいつも勿体無くてきれない。
あれよあれよと言ってる間に時はすぎて、いつしか箪笥の肥やしとなりえる。
「この服今年もまだ着られるよね?」
とか一人で喋りながら、
去年買ったのに一回も着なかった白地にストライプのはいった腰丈のブラウスが、
今日ようやくデビューを迎える。
あの日……ハンバーグを食べたあの日以来、彼とはひと月に一度か二度会う約束をして、遊びに行く事にしていた。
約束の日は母も協力的で子供たちの面倒を見てくれる。
母が言うには、
「何だかんだ言ってもね、あなたは彼に頼っていたところがあったんじゃないの?私もあなたと一緒になって追い出してしまった形になってしまったけれど……。まーなんというか、ね……。もう少し上手にしなさいよ。」
あれだけ私と一緒に文句を言っていたのに、
なんだか納得いかないところもあるけれど、
協力してくれるのはありがたいので、黙っておく事にした。
「ベトナム料理ってなに?生春巻きとか?」
「うん。それもあるけれどフォーってわかるかな?お米で作った麺なんだけどね。」
「ふーん。わからない。美味しいの?私食べられる?」
私は食べられない物が意外と多い。
油っこいものは苦手だし、
匂いが強烈なものもダメ。
「うーん……どうかな?パクチーは食べられたっけ?」
「はるか昔に大学の飲み会で生春巻きに入っていたのを食べた事があるような気が……?その時は食べられた。」
「じゃー大丈夫だよきっと。」
沢山は食べられないので、シンプルなフォーを頼んだ。少し生春巻きとか他の食べ物も食べたいと彼に言ったら彼は
生春巻きと、何とかと言う名前の(名前を忘れた)ベトナム風の炊き込みご飯と小さなデザート(タピオカみたいな感じの)のついたグリーンカレーのセットにして付いている物はシェアして食べようという話になった。
(自分がフォーを進めておいて、急にカレーが、食べたくなったらしい。)
春菊とか、セロリーとかそういった野菜は苦手なのに、何故かパクチーは美味しく食べられた。セットの生春巻きは小さめで、もう少し食べたかったし、カレーは苦手だったけれど(ココナツミルクが少しダメ)そこで食べたフォーが絶品だった。
「中国の
美味しくて満足したくせに、
なんだか良くない想像があたまを
「いや。その
うっ……嫌味を言ったつもりが普通にかえされるしまつ。余計に傷ついたりして……。
「その
結婚しようと思ってた?」
「いやまさか……どうしたかったんだろうね俺はいったい。」
「曖昧な事言って誤魔化してる。」
「いや……そんなつもりは……ないな。」
歯切れの悪い感じで先にさっさと歩いて行ってしまう……。そうすると置いてかれた気分になってさみしい気持ちになる。
お店を出たあと、あの日と同じ海岸線の砂浜を二人で歩く。久しぶりにあったあの日とは違って、暖かい……いやむしろ蒸すような生暖かい風が顔を撫でる。
お店に入る前は青々としていた空に少しずつグレーの雲がかかってくる。
あんなに晴れていたのに水分を含んだ空気の
香りが鼻につく……。
「また雨か……。」
念のために持ってきた晴雨兼用の小さな傘を握る手に力が入る。
相変わらず先を歩く彼、
追いつこうと思えば追いつけるのに、
小さなプライドが保つ同じ距離……。
傘を持っていない方の手をジッと眺めて、
彼の温もる手に触れたいのにな。
なんて思ったりして……。
前を歩く彼との距離が、
今の彼との距離感なのだろう。
そう思うとやっぱりさみしい気持ちになる。
その私の心を察したかのように、
涙のような小さな雨粒がポツリポツリと
降り始めた。
思わず空を見上げて一人呟く。
「空め……同情してくれるなよ……。」
そしたら突然……
「雨……!」
「え?うん?」
「何してんの、早くこっちに。」
その日午後から日暮れにかけて
かるい夕立が通り過ぎた
そして僕らは海の近く
濡れたアスファルトを走った。
潰れた薄暗い貸し倉庫中で
しばらく空を見上げて雨を凌いだ。
君が口ずさむ
僕が聴いている
聞き覚えのないメロディー
溢れてしまうくらい
小さな声で
頼りなく流れてしまう。
自然と手を引かれて、
シャッターの閉じられた
小さな商店の軒先で雨を凌ぐ。
引かれる時に繋いだ手はまだそのまま。
急速に縮まる距離感に心臓が高鳴る。
私は雨が好きじゃない。
でもこの夕立のおかげで、
少しだけ雨も悪くないと思えた。
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