第54話 月の光 ●
中国人とデートしたって言う話をした時、
僕は彼女がひどく怒ると確信していた。
きっと頬の一つでも叩かれるだろうと、
そんな覚悟すらしていた。
なのに……。
何故?今彼女は涙を流しているのだ?
困惑……戸惑い?
頭の中がうまく整理出来ない。
なんとなく核心を避けていた。
二人でいる時間を過ごせば、過ごした時間の分だけ本当の気持ちを打ち明けようという気持ちが曖昧になる。
いっその事このまま何でもない話を続けて、
とりあえず今日は乗り切ろう……。
なんて気持ちになってしまう。
とにかく彼女から
「もう一度やり直そう。」
という言葉が出ないよう精一杯喋り続けた。
理由はもちろん、もうお互いを傷つけ合うような醜い口論をしたくないからだ。
けれども……。
そんな僕の
僕の話を聞きながら初めのうちは笑顔で相槌を打っていたのに、その表情が段々と不安そうな薄い笑顔に変化しているのを、目を合わせていないにもかかわらず感じた。
実際心凌に会いたいか?
と言われた時の本当の答えは
「わからない」
なのだと思う。
会えるのなら会いたい。
けれど会えないならば仕方がない。
それだけの事なのだ。
「遊びだったの?」
と問われたら、
やっぱりそれも答えは
「わからない 」
なのだと思う。
心凌にとって僕がどういう存在だったのか?
今となってはわからない。
曖昧に終わった小さな恋心は
結局いつまでも曖昧なままで、
ただは一つの思い出として
美化されていくだけだ。
でも僕にとって心凌との関係はそれでよかったのだ。
結局遊びのつもりは無いけれど、
どこかで本気になれなかったのだ。
本当に自分に都合の良い解釈だ……。
彼女の啜り泣く声を聞いて僕は慌てた。
「なんで泣いてるの?ごめんね。」
いったい何に対して謝っているというのだ?ただ黙って涙を拭いながら頷く彼女を見ていたら、
ひどく動揺する。
「あの……。あのさ……。」
いつもはあんなにお喋りな癖に、
ちっとも何を話して良いかわからない。
「だ、大丈夫だよ。わたしはさ……、ほら、あなたってドジだし……ヒクっ……だらしないところある……ヒクっ……あるじゃない?
だから……どんな生活してるのかな?ってさ……、心配してたわけ……。」
必死で嗚咽を抑えながら話す彼女。
「でもさ……あなたって生きるの上手だから……。心配して損しちゃった。」
なんて言いながら無理矢理笑うから……
僕まで涙がでてきた。それで彼女の手を引き寄せて自分にもたれかけようとした。
「ダメだよ…その気もないのに。」
「あのさ。」
「なに?」
「あのさ、本当は……俺怖いんだよ。また同じ過ちを犯すんじゃないかと思って。」
「うん。」
「俺たち何回も何回も別居して寄りを戻して、どれだけの人に迷惑かけたか……。
いや違うな……。あなたと喧嘩して自分が傷つくのが恐んだよ。」
「あなたは……少し誤解をしてる。」
「誤解?いったい何を?」
「うん……なんて言うか…私の気持ちを。」
「きもち?」
「うん。私はそんなに強い
「……うん。」
それから大きく息を吸い込んで深呼吸したあとに、いつも持ち歩いているメタリックの赤い水筒をとりだした。
そしてゆっくりと小さな口から水分をとって喉を潤わせた。
「いろいろと考えなかればならない事があるでしょう?いつも本当にそれで良いのか?
と自問自答してるの。お金の事、子供の事、将来の事、それから薬が飲めないという自分の体の事。不備はないか?失敗する事はないか?いやいや一度でも失敗をしたら人生が終わってしまう。私にとって生きると言う事は不安との戦いなの。」
車窓の外は相変わらず細かい粒子状の雨が降っていた。けれど遠くにかすかな黄色い光が雲間を見え隠れしていた。
雨が降っても月は照るのか……。
その雨夜の月はまるで彼女の心の中のようだと僕はその時感じたのだ。
月のあかりはいつも柔らかくて優しい。
それはきっと闇夜を知っているからだ。
暗く果てしない空の上で
自分を照らしてくれる眩い光を待ち望む。
たくさんの不安という闇を抱えながら、
いつか誰かが光を当ててくれるのを
待っている……。
月は一人じゃ明かりを放てないから。
けれどもそれは依存ではない。
むしろ共存なのだ。
月が光を浴びている間に、
太陽は月影で静寂の時を過ごすのだから。
「お互いに少しずつ誤解があるのかもしれないね……。」
「うん。」
「僕はあなたの事を知らなさすぎるのかもしれないね。どうしたらケンカせずにいられるかな?」
「……距離感?……かな?」
「距離感か……。」
「そう。近すぎず、遠すぎず。」
「前は近すぎた。」
「うん。そして今は遠すぎる。」
「時々会って話そうか?」
「時々ってどれくらい?」
「わからない……。とりあえず次にいつ会うか決める?」
「うん。」
心なしか彼女が微笑んだように見えた。
やり直すのか?それとも一生会わないか?
選択肢は二択じゃない。
新たな関係性を作るのに、
遅すぎるという事はないのかも知れない。
雲間から丸い月が半分だけ顔をだした。
薄曇りの空…雨はまだやまない。
けれども僕らの向かう道筋は
月の光にてらされて
少しだけ視界がひらけてきた。
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