第53話 Fri me to the moon ○

二人でハンバーグをつつきながらテーブルを向かい合わせて座る。久しぶりにも関わらず、先程ひっついたせいか緊張はなかった。

相変わらずおしゃべりが上手で彼の話は面白かった。


職場のパートさんの話、外国人の話、それからバラエティ番組の話に、DVDを借りてきて見た映画の話。飽き足りないくらい楽しい話を聞いて、あっという間に時間は過ぎていったけれど、楽しい反面……

少し違和感。



人の話ばかりで自分の事は話さないし、

私の事は聞かない。

それから、これからの話はしないし、

なんていうか核心に触れない。

当たり障りのない会話、

どうでも良いはなし。

なんとなく避けてる?

そんな感じ……。



「その列車の中でねダニエル・グレイブがさ、レア・セドゥを守って戦うの。

それで戦いの後に二人が見つめあうわけ。」


「私……横文字の名前なかなか覚えられなくて、また一緒に見たいな。」


「うん……。」



その後の沈黙が辛かった。

なんなく話の骨を折ってしまい、

彼の気分を害したような気がして……。



「そろそろ出ようか?」

と私から切り出す。


「そうだね。」


と彼が伝票を手にしたので、


「駄目だよ?お金あまりないでしょう?」


「うん……でも今日は払うよ。」


「ダメ……。ね!」


「わかった。じゃー今日は割り勘で。」


「うん。 会計別でお願いします。」



扉を彼が開けてくれて明るい店から

すっかり暗い外にでると涙を流す様に

ポツリ、ポツリと小さな雨礫あめつぶで



「あれ?傘なんか持ってきてないのに。」


「うん。大丈夫家まで送るから。」


「ありがとう……。今日は本当にありがとうね。わざわざ手紙持ってきてくれて。」


「うん。いいよ。」


「それで、少し話したい事があるんだけどさ。」



「うん……雨……降ってるからとりあえず車に乗って。それから……。」



「うん。」


先程までおどけた顔で冗談混じりで話していたのに、今の彼に笑顔はなかった。

もうすっかり闇をまとった薄曇り小雨の駐車場のオレンジ色の街灯が余計にその表情を際立たせた。



扉をパタンと閉めると閉鎖的な空間に2人きりになる。夕方に寄り添いあった時は、この空間が相手の温度を感じる暖かみのある場所に思えたのに……。


今は少し違う。

きっと良い話では無いのだろう……。

そう感じた。彼の顔を直視できない。

そのまま少し冷え込んだ車内を温める為に、

ブレーキペダルを優しく踏みこんでエンジンのスイッチを押す。エンジンスイッチが赤くひかり、ハイブリッド車のエンジンが静かに息吹をあげる。


やがてカーステレオから静かなJAZZ調の音楽が流れる。

「Fri me to the moon」

フランクシナトラの曲……

というのは後から知った話。

なにやらアニメの主題歌だったのを偶然耳にして車の中にもいれこんだ。


Fly me to the moon

Let me sing among those stars

Let me see what spring is like

On jupiter and mars


私を月へ連れてって

星々に囲まれ歌ってみたい

どんな春が来るのかな

木星や火星では


In other words, hold my hand

In other words, baby kiss me

言いかえれば 手を握って

言いかえれば キスして欲しい


Fill my heart with song

And let me sing for ever more

You are all I long for

All I worship and adore


私の心を歌で満たして

そしてずっと歌わせて

あなたは私が待ち望んでいたすべて

尊敬と愛情のすべて


In other words, please be true

In other words, I love you

言いかえれば どうか誠実でいて

言いかえれば 愛してる



静かなピアノ調のラブソング。

心地よいリズムと音楽。

それから歌詞がロマンチックで私は好き。

けれども今夜は月にお目にかかるのはむずかしそう。

フロントガラスに音もなく

小さな雨粒がふきつけている。

あえてワイパーをかけずに、

不透明になっていく目の前を見つめる。

運転と助手席の間のサイドブレーキが

二人の距離をやたらと遠くさせているそんな気持ちにさせる。



「あなたはどうしたいの?」


突然の質問。


「うーん……。わからない。」


「わからない…?」


「うん。わからない。でも……。」


「ん?」


「さみしい。」


「そうか……。」


そうか……そのあとの発言がすごく怖がった。



「あなたに今日会えて楽しかった。とても楽しかったし…今の気持ちはまた会いたいなーって正直思ってる。けど……」


「けど?何?」


「僕はさ、半年くらい前まで研修生の中国人の女の子とデートしたりしてた。」


「してた?お付き合いしていたの?」


「うん。僕はそのつもりだったけれど、彼女がどういうつもりか?それはわからない。」


「でも今も連絡とっているんでしょう?」


「うん……。いやでも、もう中国に帰ったからね、ほとんど取っていない。」


「ふーん……。その人の事今も好きなの?」


「……。わからない。」


「うん。じゃーあ、もしその人が今近くにいたら会いたい?」


「……。」


「いやいや気を使わないで。」


「会いたい……と思う。」


「そうか。」



怒りではなかった。

ただ悲しい気持ちになった。

私がいなくても

彼には彼を慕うひとがいる。

今更私の元には戻ってこないだろう。

一瞬でもぐらついて馬鹿みたい……。


いや…そもそも別に寄りを戻す為に会いにきたわけじゃないし……。

彼が元気ならそれでいいじゃないか。

ずっと養育費も払ってもらわないと困るしね。


……そっかー。でも養育費を払い続けたら、

その中国人のひととは一緒にはなれないよね。かわいそうに……。

ヒクッ……。


ってあれ?

わたし……。

わたし本当に馬鹿だな。

気がつくと声を上げずに

ポロポロと涙を流していた。








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