第52話 あとまわし ●
海が見たいと彼女が言った……。
車は離婚する前と違っていた。
ショートカットの似合う少し幼い顔立ちは
相変わらずだ。顔をじっくり見るのも照れ臭く目も合わせられないから、この一年半ほどの間に起きた出来事を聞く事はできずに
外ばかり眺めていた。
もうすぐ日暮れだというのにため息がでるほどに爽快で綺麗な青空は、新婚旅行で行ったフランスの古城「モンサンミッシェル」に向かう途中に見たあの果てしなく広がる青い空を思わせた。
余談だがあの頃の僕は人生で最大級に肥えていた。いわゆる幸せ太りだったのだと思う。
よくあんな自分と結婚する気になったなーと、今思い返すと恥ずかしい気持ちになる……。
彼女の海に行きたいという提案に対して、
僕は別に良いとも悪いとも思わなかった。
つまり行っても良いし、行かなくても良かった。ただ本当の事を言うと、僕はとてつもなく眠たかった。だから僕は反論する理由が無いという理由で彼女に同意した。
優しい人ほど我慢をしている。
一見優しくて物分かりの良い、
いい人と思われる。
その反面……
まわりからは何の悩みもない人と羨ましいがられる。それが悔しい……。
本当はいつも悩んでいる。
人にどう思われているか?
相手がどう思うか?
いつもいつも自分の心を黒い布で覆い隠して
良い人のフリをして……。
けれどもどれだけ良い人を演じても、
結局「悩みが無さそうで羨ましい」
という目でしか見られてないのだから。
顔ではニコニコしながら、
裏では苛ついて物に当たり散らす。
平気なフリをしながら、
心が悲鳴をあげている。
ダメだ……。
やっぱり眠たい……。
だいたい眠たい時はろくなことを考えない。
ネガティブな思考が頭を巡る。
このまま彼女と話したらきっとまた、
ひどい言い合いになるかもしれない。
久しぶりに会ったのに……。
もうあんな口論はしたくない。
それならば嫌われようが正直に『眠い』という状況を言った方がマシだ。
だいたい嫌われてるから離婚したんだから。
そのあと僕が彼女に何を話したか、
正直覚えていない。
それくらい眠たかったのだ。
けれども気がついた時には彼女は僕の胸に耳を当ててピッタリとくっついていた。
それがとても当然の事の様に思えた。
自分の鼓動が彼女の身体の温もりを通して、
ドクンドクンと伝わってきた。
腕にあたる彼女の胸からも心臓が脈打つ音を感じた。心拍数が近づくに連れて、その音がとても心地よくて芯から癒されると感じた。
「ごめん。起こしてしまった。」
そう言って離れようとする彼女を本能的に引き寄せた。きれいな栗毛色の髪を優しく撫でると心地よいシャンプーの香りがして余計に
愛おしくさせた……。
……いやいや待て待て。
突然僕の頭の中にを冷たい風が吹き
いつもと一緒じゃないか。
またやるのかよ。
寂しい時だけそうしてお互いに引き寄せて、些細な百済ない事で喧嘩して、
「あなたが悪い」
「お前が悪い」と……。
それに……
心凌が中国に帰って全然連絡をくれなくて、
元妻から連絡があって、ふらふらと会いに行って本当に調子のいいやつだ。
段々自分に腹が立ってきた。
けれども腹を立てても仕方がない。
では僕はどうするべきなのだろうか?
どうしたら彼女を怒らせずに、
今の気持ちを話せるだろうか?
……いや違うな。
どうしたら彼女を傷つけずに冷静な話し合いが出来るだろうか?
……いやそれも違うな。
結局自分はどうしたんいんだ?!
結局自己中なようで、
自分も傷つかずに、相手を傷つけないのは、
やはり『自分の気持ちを正直に伝える事』
なのかもしれない。
それは簡単な様で僕の1番苦手な事なのだけれども……。
そもそも彼女は嘘や誤魔化しが嫌いだ。
そう自分を奮い立たせて言う事が1番いいに決まってるんだ。
「あのさー。」
「なに?」
「あの……槇原の手紙は?」
ははは……言えない……。
弱いぞ、弱すぎるぞ俺。
「あっごめん。今日はそれを渡しにきたんだった。」
鞄をゴソゴソして手紙を出してくれる。
「はいこれ。ご飯何処に食べに行く?」
「うん。いろいろ考えたんだけど、この近くにCocosがあったからそこで良いかな?なんとなくオシャレなレストランというのもね…。」
って……本当に何言ってるんだよ……。
このままじゃ、相手のペースじゃないか。
「うん。いいよ。私久しぶりだなーcocos行くの。そしたら、そろそろ行こうか?遅くなると混むかもしれないし、それに……。」
「どうした?」
ぐーー……。
お腹のなる音……。
恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「ちょっとお腹空いちゃった。」
ふふふ。
思わず微笑む。可愛いい……。
じゃないよ!!
「じゃー行くね。シートベルト閉めた?」
「……うん。」
あとまわし……。
勉強……
夏休みの宿題。
お金の計算。
嫌な人への連絡。
別れを伝える事。
(これは経験はないけどね。)
別れを伝えられそうな話し合い。
(どちらかと言えばいつもこちら)
いつだってそうだ。
嫌な事は早めに済ますべきなのだ。
そうわかってはいたけれど……。
言わなければならない事ってタイミングを外してしまうと余計に言いづらくなる。
「まだ疲れとれないよね。大丈夫?」
ぐー……。
と今度は僕のお腹がなる。
「大丈夫みたいね。」
またとても楽しそうに笑う彼女。
仕方がないか……まぁーとりあえず今はご飯を食べてそれから考えよう。
全くダメなやつだ俺は……。
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