第49話 優しい嘘○

さてどうしたものか……。

一通の手紙が私を悩ませていた。


今までも元夫向けのダイレクトメールは時々この家に届いていたのだが、明らかに必要ないとわかるものはこちらの判断で勝手に処分していた。

その度に別れてからもまだ尻拭いしているみたいでたまらなく嫌だった。

ところが今回届いたのは彼の友人からの手紙だった。それは流石に勝手な判断で捨てる事は出来なかった。


『槙原』という名のその友人は、私たちの結婚式にも来てくれた。それから何度か遊びにも来てくれた事もある。随分仲良くしていた様に思うが、そういえばいつの間にか彼の話をする事もなくなった。きっと槙原君に私と離婚した事言ってないんだろうな。

だったら尚更ここ手紙は彼に届けなければならない。


そもそも私はどれくらい元夫と連絡をとっていないのだろうか?

ふと気になって鞄から手帳をとりだす。

毎日書いている一言日記を見返してみる。

あの文句と愚痴の電話以来、半年くらい連絡をとっていなかった。

別居と出戻りを繰り返した私たちだけど、

よく考えてみれば、これほど長い時間連絡をとらなかった事はなかった。

それくらい今は彼の存在を自分の中から消していたのかも知れない。



さてどうやって届けようかな。

手紙でこの手紙を送ろうか?

いやでもなんとなく私が書く文面もないのに、それだけ送るのは気が引ける。

それに本当は……

なんとなく今どんな生活をしてるのか?

どうしているのか?

気になるのだ。

……なんて心配してみてもまた、


「会わない方が良いと思う。」


とか言われるんだろうな。

新しい恋人でもいたりして!


「ははは……。」

得意の乾いた笑いがでた。

なんだかな……。こういうのなんていうんだろうか?腐れ縁?いや違うな……。

やっぱりね。10年以上一緒にいたのだから、

頭の中では切ってもいても、切り離せないところがあるのだ。

それは……うん……

言ってみれば愛情じゃない。

きっと同情というやつだ。

何かのテレビで聞いた事がある。

男と女の愛情なんていうのは3年まで。

それから先は同じ道を歩む同志であって、

そこにあるのは同情なのだと。

だからきっと


「3年目の浮気くらい多めにみろよ。」


とか言っちゃうのだろう。


なんとなく自分の気持ちを上手く整理できなかったが、とにかく久しぶりにLINEを入れてみる事にした。



「お久しぶりです。お元気ですか?」


なんだこの他人行儀な文面は……。


「とはいってもねー。何事も無かったかの様に普通に振る舞うのは少し違う気がする。」


とか一人で言いながら送信。


………。

既読つかず……。

それはそうだろう。

そういえばあの日も既読ついたのに、

返事がないと腹を立てていたな。

なんでだろうか?

今は少しも腹がたたない。

それどころか、

仕事忙しいんだろうな。

相変わらず夜勤ばかりなのだろうか?

体調大丈夫かな?

なんて心配になってくる。


私はこの半年間フルタイムで働き続けた。

やはり週に5回朝から晩まで働くという事は

当たり前のようで大変な事だ。

わかってはいたけれど、心で思っているのと、実際するのとではまるで違う。


ましてや彼は夜勤ばかりなんだから、私には想像はできても理解しているとは言い難い。


それから私はこの総務という現場についてから、どうしても 上司が部下を叱る というシーンに出くわす機会が多い。

やはり中年の男がみんなの前で怒られてるのを見るのは決して気分の良いものではない。


あの人ドジだしなー。

そのクセにプライド高いし、

そのくせにすぐに泣くし……。

きっと怒られて

傷ついたりしてるのかもな……。


子育ては大変だ。

今も母に手伝ってもらってなんとかなってるだけだ。それをしながら仕事をするのは、

そんなに簡単な事ではない。

やはり彼の感じていることや、

日々の苦労はわかってあげられていなかったのだと改めて感じるのだ。



「久しぶりだね。どうしたの?」


30分もしない内に返信があった。

私の記憶が正しければ、

あの日……あの最後に電話した日、

罵声を浴びせあい、激しく口論して怒り収まらぬまま電話を切ったはずなのに、こうして私がLINEをしたら何事もなかったかの様に返信してくる。

彼はいつでも優しい。

それが私は怖いのだ。


優しい分、怒っている時はその何倍も怖い

優しい分、その心に溜めている物が見えない

優しい分、私の甘えがでてしまい

本当はただだけなのに、口撃してしまう。


私は本当の彼の感情が知りたい。

それなのに何故か自分の『不安』という感情と真逆の『怒り』という感情を彼に向けてしまう。

天邪鬼。不器用な私の複雑な心。

けれど私の行動が彼の感情に嘘をつかせているのかも知れないと思うとそれが辛い。

私の為の優しい嘘が

私をより深く傷つける。


もちろんそんな事は

誰もわかってはくれない。

当たり前だけれど……。


「槙原君から手紙届いてる。」


「そうなんだ。こちらに送ってくれる。」


「送るのは簡単だけれど、やっぱり一度会って話がしたい。ダメかな?」



1分は60秒。当たり前の事だけど、

こんなに長かったかな?

秒針は今いったいどこを指しているのだろうか?



ダメか。

ダメだよね。なんか私何がしたいんだろう?


「いいよ。いつが良い?」


おかしな私。

やっぱり喜んでる。

どうか今度こそ喧嘩にならない様に友好的な関係を築きたい。ただそう思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る