第47話 混じり得ない ○

「いい加減にしてよ!!」

とおそらくかなり大きな声で言い放った。

込み上げる怒りを抑える事が出来なかった。


「いったいどういうつもりだったわけ?馬鹿にしないでよ……。」

と今度は涙まででてきた。


自分の寝言で目が覚めた。

『またやってる……。』

と、寝言を吐き出したている途中で、

これは夢だと気がついているのに、

言い切らなずにはいられなかった。

上半身を起こして定まらない目線を天井の角の一点にむけて、大きく息を吸って心臓の高鳴りを治める事に集中した。


それくらい許せなかったのだ。

同じ思いと思っていた人が、

外れた道を平気で歩いている事が。

それよりも許せないのが、

その汚れた手が私を小招こまねいて、

同じ闇に引き摺り込まれそうになった。

それを一瞬でも受け入れようとした、

そんな自分が……。


「はー…。」

怒りは治りつつあるが、

今度は憂鬱な感情が連なっていく。

愛情に形なんてなくて、

人によってその感じ方は違う。

けれども私は彼に

同じ形の愛情を求めていたし、

愛情の形なんて多かれ少なかれ、

似たような物しかないのだと信じていた。

けれどもやっぱり形の無いものを型にはめるのは難しいし、そもそも私は形のない物や、

答えの無い物が苦手なのかもしれない。



頭は文系なのに、いつも数式の様に間違えのない答えを探して続けている。


『こうあるべきだ』

『こうするべきだ』

という常識的な考えを

私は曲げる事ができない。

だって良い事は誰に対しても良い事だし、

悪い事はやはりどう考えても悪い事だ。

白い物は白くあるべきだし、

黒い物は黒くあるべきであって、

それはやはり私の中では


私の心を純白に例えるならば、

深い暗闇に染まるかはごめんだ。

どうせ染まるなら、

きれいな赤色に染まりたい。

躍動する太陽の赤、

脈動する生命の赤、

運命の人に出会うべく、

私を繋ぐ赤い糸の色。

白い心を赤で染めて

きれいな薄紅色に染まりたい。

けれども今の私は白くない。

灰がかった汚れた心は

きれいな色には染まらない。



男になんて頼ったらだめだ。

生物学的に男なんてのは、

しゅの保存子孫繁栄の為に生きているのだ。

多くのたねを残す為に自分を撒き散らす、だから昔からいうのだろうか?

男は浮気する生き物だと…ばかばかしい。

結局いろいろ理由をつけて、

SEXしたいだけじゃないか。

じゃなければ、

『据え膳食わねば……』

なんて女を馬鹿にした言葉なんて出てこないはずだ。きっと男の情に愛は無いのだ。

少なくても私が思っているような……。



朝からお腹が痛かった。

多分そろそろそういう時期だと思っていたけれど……。いつも以上にネガティブなフレーズが頭の中に流れ込んできて、

その感情は執拗に自分の周りの人間の嫌な部分を見つけ出す。

テーブルの上に置かれた学校の配布物。

いつまでも置いてある一粒の飴玉。

散乱するクリップに、

絶対に頼まないとわかっている通販雑誌。

無造作に置かれた物たちが

私をいらつかせるのだ。

捨てる、捨てる。そして捨てる。

どれだけ捨てても心は満たされない。


いったい何を捨てて何を得たら私の心は満たされるのだろうか?



駄目だな今日は…良いように考えられない。

それでも平気なフリして社会に出なければならない。そんな事を言っても仕事を休むわけにはいかないし、ましてや辞めるなんて出来ない。元旦那様から送られてくるお金はあくまで養育費であって生活費ではないから。



『仕事には行かなくては駄目だ!』

と、心を強く持つように口に出して言ってみて自分を奮い立たせる。

そうは言ってもやっぱり宮本にどんな顔で、

面と向かったら良いのか?

その事が一段と私の気持ちを憂鬱にさせた。



ところがその日……。

宮本は仕事に来なかった。

なんとなく安堵したものの……、

この会社で働いていれば、

いずれは顔を合わすのだから先延ばしになっただけだな……。


しかし彼は次の日もその次の日も来なかったのだ。さすがに何かあったのかな?と心配になり不安に思って勤怠管理をまとめている吉川きちかわに聞いてみた。


「今週になってから宮本さん見てないけど、またどこかに出張でも行ってるんですか?」


「ん?あれ?聞いてないの?」


「え?」


「なんだ、影でちちくりあってそうだったから、聞いてると思ってた……。」


ちっ…ちちくりあうって!!

顔から火が出るほど恥ずかしかった。


「なっ何をいってるんですか?!私はただ……あのー。」


「いいって別に言い訳しないで。

ちょっと冗談で言っただけじゃん」

と表情も変えずに言われたので、

これ以上ボロがでないように黙っていた。


「宮本さんはね、今週の月曜日からベトナムへ出張行ってるわ。」

と言いながら手招きされたので近づいて耳を傾けた。そして小声でこう言った。


「あんまり近づくと危ないよーあの人。」

それからスーと離れて、


「暫く帰ってこないと思うよ宮本さん。なんかうちの会社ね、人件費削減の為にベトナム人の研修生を受け入れるらしいの。それで宮本さんその受け入れの間口みたいの任せられてるみたいよ。」



「へーそうなんだ。すごい詳しいね会社の内情に。」


となるべく平静を装って答えた。


「うん。まーねー。工場長が言ってたから。

なんか社長が交代するみたい。」


吉川はやっぱり人に取り入るのが上手らしい。工場長の情報なら確かだ……。

ってそんな事じゃなくて!

私と宮本の関係になんとなく気づいていたようだし、あの口ぶりからすると過去にも宮本は何かをしでかしたのだろうか?

それにベトナム行きの話なんて聞いてないし、しばらく会社に来ないとわかってて、私に近づいて来たのかと思うと余計に腹が立った。恐ろしくしたたかなひとだ。そして私も本当にあまちゃんだ……。


もうこんな思いは懲り懲りだ。

少しでも甘い気持ちが出たからつけ込まれたのかもしれない……。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


それから私は必死に働いた。

薄汚れた灰色の心を真っ白に戻すように。

わたしはやっぱり混ざり合ったらダメなんだ。白い白い純白なままでいないと。

汚れた水を真っまっさらにするのには何倍もの水を使うように、ただひたすら家の家事をして、子供の話を聞き、時には母に手伝ってもらい旅行にも連れて行った。



それから半年経ったある日、

元夫宛の手紙が届いた。



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