第46話 心理的依存性●
いつも何が悪くて?
いったい何が正しいのか?
その判断を付けられずにいた。
人がどう思うのか?
僕が変わっているのか?
自分の判断に全くもって自信がない。
だから人に判断を仰ぐのだ。
責任を持つ事からいつも逃げる。
だから心凌がいなくなってなんとなく
何かを失ったような悲しさと、
何かを失わずに済んだ安心感が、
狭い所にギューと詰まっていた。
それがどういう事なのか、
やっぱりその頃の僕にはまだわかっていなかったのだと思う。
人はそんなに簡単に
人を愛する事など出来ないし、
愛するという事は
口で言うほど単純ではないのだ。
では愛するとはいったいなんなのだろうか?
悩んでも考えても仕事にはいかない訳にはいかない。3人分の養育費を払い続けるという約束と、社員なんだから…というしょうもない責任感が、休むという選択肢を与えないのだ。
自分でいうのもなんだが、結構真面目な性格なのだ。
心凌からはあれから何も連絡はない。
何度か中国ラインを入れてみたけれど、
返信はなかったし、届いているのかすら不確実なものだった。
それでも地球が回っている限り、
東の空から日は上り
西の空に1日は消えていく。
来る日も来る日も夜勤ばかり、
朝の太陽を浴びながら帰宅して、
汚い風呂で汗を流して、
タンパク質を豆腐から摂取して、
安い酎ハイを流し込むという生活がずっと続いた。
ある朝家に帰ると隣の住人が引っ越していた。何度か顔を見た事はあるけれど、
顔を合わせても頭を下げる程度の付き合いだった。きれいとはいえないシャツを着て、
冴えない顔してなんとなく生気がない。
そんな印象だった。
自分もそうやって歳をとるのだろうか?
そう思うと少し虚しい気持ちになった。
良質な睡眠をとれるわけもなく、
ただ少しでも夜に近づけようと、
遮光カーテンを引いて
外の明かりをすっかりと塞ぎこんだ。
それから部屋の電気も全部消して
韓国製の薄型TVのスイッチをいれる。
聞こえるか聞こえないかなくらいのボリュームに設定する。
闇夜の電灯の回りを飛び交う羽虫のようにフラットな薄型テレビのスクリーンの光に視線をむける。
塞ぎ混んだ部屋の無音は心を不安にさせる。
けれどTVの中のアナウンサーたちが、
あらやこれや難しい談義をしていると、
1人じゃない気持ちになる。
そのままうつらうつらと眠りの入り口へと向かう。ところが……。
「ガガガがガガガが」
と突然機械音が鳴り響いた。
隣の部屋の改装工事がなんの予告もなく始まったのだ。
「嘘だろう?!」
しばらく我慢したけれど……、
流石にこの轟音では眠りにつくのは無理だった。眠れない事に焦りと怒りを覚え、
「普通あいさつくらいくるだろう?明日から工事しますとかさ!」
などと大きな声で独り言。
けれどそれさえ轟音にかき消される。
そのまま勢いで不動産屋さんに電話する。
「なんなんですか、昼間から工事して!!
こっちは何も聞いてないよ!夜勤あけなんだよ。いい加減にしてくれよ!!」
「あれー伝えてなかったですか?
申し訳ありませんね。でもねーそう言われましてもね、こちらもあなたが夜勤なんて知りませんしね、それに夜に工事するわけにはいかないじゃないですか……。まぁ明日には終わりますから。」
そう言い切られて電話を切られた。
こんな時に限って夜勤5連勤だったりして……。本当に最悪だ。それでもとにかく少しでも眠ろうと努力をしたけれど、こんな調子じゃ無理だなと、あきらめて近所のマクドナルドでアイスコーヒーだけ買ってカウンターで伏せって浅い眠りについた。
2日後仕事から帰ると、
顔に痛みを覚えた。
鏡を見るとは左の目の下に
大きな痣ができていた。
目の下がピクピクと軽く痙攣して、
ヒリヒリと皮膚の皮が剥けたような、
痛みが顔にはしった。
そのまま眠さと痛みを堪えて近くの皮膚科に
走った。
「帯状疱疹ですね。」
詳しい説明を聞いて痛み止めと、
抗菌剤をもらって家に帰った。
家に着いて直ぐに薬を飲んでトイレに行くと、膀胱に微かな痛みをかんじた。
和式トイレが赤く染まった。
血尿だった。
「なんて日だ……。」
これは流石に無理だ。
そのまま会社に電話して事情を伝えて、
今晩と明日の晩の2日間とりあえず緊急で休みをもらう事にした。
それで……今帰ってきたところなのに、
今度は……。いったい何科だ?
仕事あけ、寝不足で回らない頭を
どうにか回転させて、
……泌尿器科か?とたどり着く。
それからスマホで調べるも近くにはない。
結局隣の駅の病院に向かった。
膀胱炎をおこしかけていた。
水分補給が足りないらしい。
「水分て言ってもね、お酒だとかコーラとかの炭酸、コーヒーなんていうのはみんなダメだよ。ミネラルウォーター、それから番茶とかそう言うのを飲まないとだめだよー!そうじゃないと血が濃くなるんだわ。それで排尿時に鮮血、ひどければ君みたいに血尿になるわけだ。」
などと説教されて、
また抗菌剤と抗生物質をもらい家に帰った。
心も体もボロボロだった。
いったい何を目標にしたら良いのか?
何の為に仕事をしたらいいのか?
子供の養育費の為とはわかっていても、
体や心が悲鳴をあげていたら、
そんな良心的な事だけでは踏ん張れない。
誰かの為に、
自分を支えてくれる、
そんな誰かの為じゃないと、
生きていく力を得る事は出来なかった。
心理的依存心が強すぎるのだ。
1人じゃ生きていけない。
誰か僕を助けてほしい……。
ふと妻の事を思い出す。
「そんな食事じゃいつか倒れるよ。」
「もっと栄養のある物食べないと。」
「お酒ばかり飲んでないで……。」
「あなたといると、休まらないわ。いつでも心配ばかりかけて。」
ははは……。
「またこのまま死んだら怒られちゃうな。」
そうして僕は最初に薬を飲んでから、
2リットルのペットボトルの水を飲み干して2日間眠りかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます