第45話 違うな……。○

「正直なところは彼女がいなかった……。

と言うのは少し違うかな。長続きしなかったというべきかもしれない。」


「ふーん。なんで長続きしなかったんですか?」


「初めてできた彼女?はね。すごくワガママだったんだ。あれが欲しい。あそこに行きたい。あげくの果てに合コンの後にわざわざ迎えにこさせたりして。顔はね可愛い顔してたんだけどね……。それで次のヒトはね。いつも僕の行動を監視し続けた。今何処にいるの?授業何時に終わる?来週の予定は……。なんて感じでね。そりゃある意味ワガママな女よりきつかったよ。学生時代の深い?まぁ対して深くはないけど、付き合いはそれだけ。結局個人的にお付き合いなんてするより、何人かで群れあっている方が楽しかったわけだな。」



そう言いながら瓶に残ったお酒を自分のグラスに注いだ。


「何かに縛られるのが嫌なんだ。」



「奥さんとは?」

と思った事を直ぐに聞きたくなる私の悪いところ。


「今それ聞く?」

って苦笑いしながら唐突に宮本の声のトーンが下がったのを感じた。


「いいよ話そうか?ちなみに僕は君の別れた旦那の話なんか聞きたくないけどね。ひどく不快な気持ちになるの、わかっているから」


そう言って日本酒をグーと飲み干した。

「出会った頃はね、柔順でね。おしとやかな感じだった。健気で優しくて……

それでいて気が効く。

『あーやっぱり女の人はこうあるべきだ。』とさえ思ってた。だから僕は段々友人と疎遠になり、ボディーボードもいかなくなり、彼女と一緒になる為に時間を費やそうと決めたんだ。けれど彼女は結婚式を終えた夜にこう言ったんだ。

『あー疲れた。自分じゃない人間を演じ続けるってとても大変な事よ。あなたは男前だし、身なりも綺麗。御家柄もしっかりしてる。当たり前だけれど仕事もちゃんとしてるからね。なかなかいなかったのよ。理想の男って。それでやっとあなたを見つけた。

それで本日めでたく結婚にたどり着いて、

私のプライドと世間体は確立された。

だからもう良いでしょう?

良い女演じなくても。

お互い干渉せずに行きましょう。』

それを聞いて愕然としたよ。

そこに愛や心は無いんだからね。でもね不思議と離婚は考えなかったよ。僕にもプライドも世間体もあるからね。だから僕もいい夫婦を演じると決めたんだ。」


うーん。

何か違和感を感じた……。

私たち以外の夫婦の価値観をあまり考えた事が無かった。プライドや世間体の為に夫婦になる。お互い干渉しあわない、愛や心の無い結婚。でも子供がいるんだから、SEXはしてるんでしょう?愛がないのにどうして性行に至るのだろうか?今から子供作りまーす!!

とかいって始めるのだろうか?

それともそれだけは別なんだろうか?

なんかよくわからないや…。

わからない事だらけ……。


「もういいだろう。」

と左腕で私の肩を抱いた。


「うん。」


それから店員を呼びつけて、

「チェックしてくれる。」

と、クレジットカードを手渡した。


「今日はまだ帰らなくていいよね?」


腕時計に目をやると21時30分を過ぎたところだった。しばらく腕時計を眺めて……。

それからスマホをサイレントモードに切り替えておいた。

おそらく、いや当然今の彼の一言は誘っているに違いなかった。流石の私でもそう感じた。なんとなく二つ返事で答えるのを躊躇って……。

それから、


「うん。」


と答えた。

店を出て夜の歓楽街から少し外れて歩く。

差し伸べられた手をそのまま握って、

彼と同じ足並みで会話なく歩いた。

目の前に休憩、lateと書かれたいくつかの看板がみえてくる。


今日行った飲み屋さんはとても美味しかった。

雰囲気も良く静かな環境で、まったりとお酒なんて飲んで……。

けれど彼がなんでこの場所を選んだのか?

その理由は他にもあると察した……。


突然彼が立ち止まった。

そして私の手を引いて雑居ビルの物陰に引き寄せた。人の通りはまるでなかった。

そのまま強く抱きしめられて、わたしはそれに応じるように身を寄せた。先日の台風の後で真夏の熱帯夜は終わりを告げて、夜になると肌に感じる風が心地よかった。

彼の温い腕の力が少し弱まっので、上を見上げたら目があった。それで恥ずかしくなって目を逸らそうとすると、きれいな長い指が顎に触れた。

「あっ」

と思った時には彼の唇がねっとりと私の口を塞いだ。あたたかくて、からみついて、唇を添わす動きに応じた。

それから一度顔を離して、私の方をみつめてそれからもう一度口づけて唇のあいだから舌を含ませた……。先程までお酒を飲んでいたのに、さわやかなミントの香りが舌にからみついて、すっかりうっとりしていまった。

それで今度は自分の方から彼を抱きしめた。


それから体を少し離して……、

「行こうか。」

とはっきり言われた。

それから革の鞄をゴソゴソして、

薬を私に差し出した?


「何?これ?」


「ピルだよ。子供なんか出来たら大変だろう。だからのんでおいてよ。」


なんか熱くなっていた気持ちが急速に冷めていった。なんとなくだけど優しくない。

そりゃ子供なんかできたら大変だけど……。SEXがしたいだけみたいに感じて、

なんか物扱いされた気持ちになった。


「どうしたの?良かったらこれ。」


そう言って今度はペットボトルの水を渡された……。なんだか手慣れているな。


「いつも持ち歩いているの?」


「うん。そりゃね。据え膳食わぬわ男の恥っていうでしょう。飲んだって害があるわけじゃないからさ、お互いの為に悪い物ではないでしょう?何があるかわからないからね。

割り切った関係っていいよ。その方が萌えるんだ。君だってそうでしょう?僕に妻子があるのは知ってるんだから。」


「私だけじゃないの?」


「いやいやもちろん今は君だけだよ。言ったでしょう。何かに縛られるのは嫌なんだ。

いいじゃない楽しければ。」


あー……違うな。

私どうかしてた。

さみしいし、

必要とされてるのは気持ちが良い。


でもきっと満たされない。

わかっていたはずなのにね……。

それをわかっていて今日はきたのに。

やっぱり私には無理だ。



「ごめんなさい。私がどうかしてました。」


そう言って彼を突き飛ばして、ピルを投げつけた。そのまま駅まで一人で歩いてタクシーを探した。

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