第44話 嫌な事から逃げ続けると相手の本質は一生知る事は出来ない。●
なみなみと注がれたグラスビールを
、また一気に飲み干した。
あまりの飲みっぷりを、
唖然と見ながら、
「大丈夫か?」
ともう一度きいた。
今回は
「だいじょぶ。」
先程とは違って僕の目をはっきり見ながら
そう言った。
「研修生になるのにいくら払ったの?」
「日本のお金で50万円。」
「うえ?!!」
そうかそんなにかかるのか。
日本ならわかるけど、
中国ってもっと物価が安いと思ってたから、あまりの高額におどろいた。
「父はお金を用意してくれました。でも父は言いました。
『あげるわけじゃないよ。だから日本で研修しながら働いてそれで返しなさい。』
だから私は一生懸命働きます。
夜勤もします。残業もします。
でも研修は一年だけ。
最初の2ヶ月は中国で日本語の勉強。
次の2ヶ月は日本で日本の勉強。
働くのは8ヶ月だけ……。
もう中国に帰らなければなりません……。」
こんなにたくさんの事を考えていたんだ……。いつもニコニコとして、
「ただ可愛いなー……」
とかしか思っていなかった。
今まで聞きもしなかった彼女の研修生にいきたった事情を最後の日に聞くなんて……。
今までいったい何を話していたのだろうか?
僕は彼女事を何も知らない。
歳上で日本人で……
そんな誰にでも出来る条件だけできっと上から見ていたのかも知れない。
僕にはきっとそういうところがある。
その場の事しか考えないんだ。
だから逆にいえば、その時の雰囲気が悪ければとことん気を使う。
「大丈夫?」
とか
「〇〇してあげようか?」
とか言って相手を気づかう。
でもそれは相手を気遣っていても、
本当に相手の事を考えているかなんて
わからない。
相手を思っているようで、
きっと本当は自分がただ、
相手の不機嫌に巻き込まれたくないだけ。
だからいつも難しい話はしない。
嫌な話もしない。
つとめて楽しい話しをしようとする。
ネガティブな発言は避ける。
自分も体調が悪くても元気なフリをする。
その場を暗い雰囲気にする事を、
なるべく避け続けている。
だから本当は何を考えているのか?
知ろうとしないところがあるのだろう。
嫌な事から逃げ続けると相手の本質を知る事は一生ないのであろう。
「わたし、あなたと一緒にいて楽しかたです。でもあなたは中国に来ないし、私は日本の国籍を得る事できません。だからあなたとは今日で終わります。謝謝……ありがとうございました。」
僕はただニコリと微笑んだ。
逆にそれしか出来なかったのだ。
気の利いた言葉もかけられず、
ただニコリと作ったような顔で
微笑みかけていた。
それっきり何を話して良いか全くわからなくなってしまった。
彼女はスマホを触りながら、
テーブルの上の料理をたべて、
僕は残った味のわからないビールを時間稼ぎのようにチビチビと口に運んだ。
「帰るか?」
「はい。」
会計を済ませて
外を歩きはじめた。
手を差し伸べると、
当たり前のようにそれに応じた。
夜になると残暑も終わりを告げたようで、
冷たい夜風が体を冷やした。
秋の夜空には橙色の少し欠けたお月様が、
優しい光りを放っていた。
半袖では少し肌寒いのか繋いだ手を放して、
僕の腕に手を絡めた。
それで放された手のやり場に悩んでポケットに手をつっこんだ。
20時を過ぎたというのに、
夜の町はなんとなく気忙しい。
スーツを着たサラリーマンがいそいそと帰路を歩いている。
家に帰って暖かいお風呂に入って、
家族と晩御飯を囲むのだろうか?
それにしては、少し遅いかな?
なんていう想像が膨らむ。
それとは相反して居酒屋さんから出てきた
千鳥足の男たちが大きな声で騒いでいる。
家に帰っても居場所がないのかな?
なんとなく両極な想像を繰り広げて、
それから僕はどちらを望むのだろうか?
なんて考えてしまう。
やっぱり僕は家族の待つ……、
僕の帰りを待ってくれている、
家族の元へ帰りたいな。
心凌の方をのぞいた。
「ん?」
「いやなんでもない。」
「あーやっと中国に帰れる!」
「お父さんに会いたいか?」
首を横にブンブン振る。
「違う!!母に会いたい。」
ふふふ。
と笑いかけた。
「家に帰ったら、みんな集まります。
父、母、姉、姉の子供……。うーん、姉の男の子の子供はなんて言う?」
「甥か?」
「そう。彼はとても可愛いよ。」
そう言って家族のみんな映っている写真を、見せてくれた。
お姉さんらしき人の隣にはご主人らしき男性が、けれど甥っ子を抱っこしてるのは心凌。
本当は心凌の子供だったりして……。
あの噂が頭をよぎるが、まぁ真相は明らかにせずとも良いだろう。
家族仲が良いのだな。
そういう家で育ったのだろう。
結局彼女にとっても僕はその場をしのぐ為に、丁度良い存在だったのかもしれない。
深くなくそれでいて少し暖かい。
小雨が降った時の折りたたみ傘みたいな、
肌寒い朝の毛布みたいなものだ。
ずっとはいらないけれど、
あると助かる。
無いと少し困るけれど、
無くてもなんとかなるもの。
お互いの心を凌ぐ為の
一つ出会いだったのかも知れない。
心凌の家の前に着くと、
やっぱり少し寂しい気持ちになった。
それで抱き寄せようとしたが、
またもや彼女の手がそれを遮った。
「今日でおしまいよ。だからダメ。」
「終わりだから…。」
といいかけてやめた。
彼女の方が大人だな。
「わかった。帰っても中国ラインしてもいいか?」
「オッケー。」
5日後に彼女は中国へ帰っていった。
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