第39話 女である私と母親であるわたし ○

宮本のフォローもあって

お盆前には社員証の発行が全て終わった。


「OK良かった良かった。君に任せてよかったよー。本部には連絡しておくわ!」


黒田は満足そうにそう言った。

おそらく本社には、まるで自分の手柄のように報告するのだろう。この人はそういう生き方が上手そうだ。なんとなくそう感じた。


それで宮本とは……

あれ以来なんの進展もない。

2〜3回わからないところを教えてもらったが、2人きりになる事もなければ、

休日出勤の必要もなかった。

妻子があると知っている以上、

私の性格上プライベートなLINEをするのも気が引けたし、宮本から個人的なLINEが入る事もなかった。

だからやっぱり会社の部署の社員とパートという関係以上の事は何もない。


あの時の事はなんだったんだろう?

夢でもみていたのだろうか?

それとも欲求不満が溜まって、

あり得ない妄想を膨らませていたのだろうか?


なんとなく寂しい気持ちもあるけれど、

だからといって自分から彼に積極的に接していく気持ちにはならなかった。


LINE


「学級委員の件了解しました。」


「行ってくれるんですか?」


「いいよ。それくらいしか子供の為にできないしね。」


元夫からの連絡だった。

今年は何かとついてない。

次男の学級委員にくじ引きで当たってしまったのだ。それだけならまだしも、

長男は今年6年生だから子供会の役員まで当たってる。

1人でやりきるつもりだつもりだったけれど、

一度連絡してしまうと気が抜けるのか

頼ってしまう。


それからなんて事ないLINEをしばらく続けた。


「はー……。」


やっぱり1人は寂しい。

寄りかかれる誰かがほしい。

1人はつらい。

私の事を理解してくれる人がほしい。

抱きしめられたい。

温もりが恋しい。

あー私は弱いひとだな。


LINE


「元気?最近あまり話せないね。」


うーん……。

毎度毎度なんで元夫とのやりとりがあると、

宮本からLINEが入るのだろうか?


「クククッ。」

といつもと違う笑いが込み上げてくる。

2人の男を手玉にとるモテ女の気分。


「ハー……。」

妄想の後のため息。

現実はそんなんじゃない事は

良くわかっている。


しかし久々に入った個人的なLINEなのに、

ライトタッチな軽いノリだな。


「そうですね。」

あくまで冷静を装う。


「なんか連れないね。また一緒にご飯にいきたいなー。」


………?どういうつもりなのかな?

なんかいつもと違うな。

まるで誰かと勘違いしてるのだろうか?

でも甘え的な態度だと思うと少し気持ちが良い。

あんなに仕事が出来るひとが、

会社では見せない顔を私にだけ見せているのだ。知らない彼の一面を知れていると思うと少し気分が高揚した。


「来週の土曜日なら行けます。」


と思わず良い返事をしてしまった。


「本当に?良かった!何が食べたい?」


……。うーんなんか食べたい物が思いつかなかった。


「わからない。けれどドライブがしたい。」


「OK!プランを考えておくね!」


……。

終わりかな?


それから少し面白くない妄想を繰り広げる。


きっと私とのやりとりが終わった瞬間、

このLINEを消去するのだろうな。

だって奥さんに見られたら大変だもの。


LINE


あらまだ続くのかな?


「ご飯の後に食べられるのかな?」


「何が?」


「君」


な……。誰もいないのに顔を赤らめる私。


「フンッ!」


ていう感じのスタンプを送信する。


「ごめんごめん冗談だよ。純粋に、君とご飯を食べて話がしたい。ただそれだけだよ。

だから怒らないで。」


「わかりました。」


「よかった。では来週の土曜日あけておくからね。またプランが決まれば連絡するよ。」


「はーい!」

←という感じのスタンプを送ってこのLINEは終了した。



閑静な住宅街は静まりかえっている。

もう23時だ。夜の静寂を感じる。

子供たちは小さく寝息を立てている。

その顔を1人づつ見てまわる。

少し汗ばんでいるようだ。

各々がタオルケットを足蹴にして

はるか下の方へ追いやっている。

盆も明けて夏も終わりに近づいているというのに今晩は少しだけ蒸せる。

私はエアコンの風が苦手なので

特別暑い時以外はつけない。

なので扇風機の位置を調整しながら、

外れたタオルケットをお腹にかけてあげた。

時折通り過ぎる車がザバザバっと

水しぶきを上げている音を立てている。

1人窓際に立って外を眺める。

やっぱり……。

粒の細かい雨が降っている。

街灯で光に照らされた

細かい粒子状の雨がやけに優しく

癒しのリフレインのように感じた……。


私はいったい何がしたいのだろうか……?


寂しさを紛らわすだけなら誰でも良いはずなのに、この静かな夜のリフレインが自分の心を偽ない気持ちにさせる。

異性に誘われて素直に喜べない。

その理由は多分、

家族でいる事が想像出来ないからだろう。

彼は自分家族を壊してまで、

を選ぶとは到底思えない。

じゃー私の全てを満たす……

そんな方法があるのだろうか?


「無いよなー。」

そう一人で呟いて……

ちょっと切ない気持ちになる。


「少し話がしたいです。今度1日だけ時間作ってほしいです。」


とLINEをしてみた。

しばらくしたら既読がついた。

それが今私に出来る精一杯の

まともな心の答えだった。


けれどもその晩

元夫からの連絡は無かった。




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